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死者を許す文明 [日本(人)]

  が、そのなかでも特に私がはっと思ったのは、魯氏(吉林大学日本研究所所長・魯義(ルーイー)氏がA級戦犯を祀る靖国神社への首相の参拝問題に触れて、「日本人は死者を責めないけれども、中国人は死者であっても許さない」といっている点だった。
~中略~
あえていってみれば、死者を許す文明と死者を許さない文明、ということになるだろうか。

~中略~
それ(住人注;韓国の文芸評論家・李御寧(イオリョン)氏の「恨(ハン)の文化論ー韓国人の心の底にあるもの」によると、韓国文化の母体となっているものがそもそも「恨の文化」である。
日本語で「恨み」は「怨」と「恨」にあてられ、ほぼ同じ意味に用いられているが、韓国ではその二つの言葉は区別されなければならない。
すなわち、「怨」というのは他人に対して抱く感情であり、外部の何かについて抱く感情である。ところがこれに対して、「恨」はそうではない。それはむしろ、自分の内部に沈殿し、鬱積していく情の塊なのだという。
「怨」は熱っぽい。復讐によって消され、晴れる。だが、「恨」は冷たい。望みがかなえられなければ、解くことができない。「怨」は憤怒であり、「恨」は悲しみである。だから、「怨」は火のように延々と燃えるが、「恨」は雪のように積もる。

山折 哲雄 (著)
天皇の宮中祭祀と日本人―大嘗祭から謎解く日本の真相
日本文芸社 (2010/1/27)
P240

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天皇の宮中祭祀と日本人


タグ:山折 哲雄
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