日本人の誇り [日本(人)]
その夜、私はいろいろ(住人注;アメリカ人が欲しがって考案し、注文し、手に入れて満足する、およそ日本の美意識や伝統とはかけ離れている、日本風の工芸品を売ること)考えつづけて、眠れませんでした。緑や金色のあくどい花瓶や、安い漆塗りの箱や、花簪をさした女の笑顔の絵のついた扇を好む大衆に比べれば、芸術的な眼のある人は数える程しかないでしょう。
「でも、もし日本が、その芸術的な標準を下げてしまったら、日本は世界に向かって、何を求めたらよいでしょうか。今、日本が持っているものや、今の日本の姿は、その理想と誇りとから生まれ出た物であり、高いのぞみも技倆も礼儀作法も、みなこの二つの言葉にたたみこまれているのではないでしょうか」と、
溜息まじりに、独り言をいったことでした。
杉本 鉞子 (著), 大岩 美代 (翻訳)
武士の娘
筑摩書房 (1994/01)
P237
室生
私の知っている庭職人に、時間払いでなく、一仕事ごとに賃銀を貰う人がありました。
この人が半日がかりでした仕事を、それも庭石をほんの二三寸動かすだけのことでまたやり直しをいたしました。でも、気に入ったところへ石を据えると、汗をふきふき、その傍に腰を下し、お金にもならない時間を空費することなど、気にもとめず、庭石を眺めながら、煙草をふかしているのですが、その顔には、喜びと満足の色があふれているのでした。
この年老いた職人のことを思い出しますと、自分の芸術を誇り得る喜びを捨てて、何の価値があろうかと思ったことでありました。
私は庭師から、教師、政治家のことへと思い及びました。それは皆同じことなのです。誇りをきずつけるということ、努力の結果として到達し得た最高、最善なるものをも支え得なくなるということは、個人にとっても国家にとっても、その精神の発達を死に導くものでございます。
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