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部下をけなすな [経営]

  自分の部下をけなすのは、自分の無能さをさらけだしているのと同じである。
自分が優秀で部下との差が目立ったり、部下がついていけないのでなく、自分がひとりよがりの考え方をしていて、部下の教育がきちんとできていない余裕のなさを恥じるべきなのだ。

山崎 武也
一流の条件―ビジネス・スタイルを固める43章
日本能率協会 (1990/08)
P97

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【中古】【古本】一流の条件 ビジネス・スタイルを固める43章/山崎武也

  事業の定義の見直しに成功する人は、予期せぬ失敗を部下の無能や偶然のせいにしない。
システムの欠陥の兆候と見る。
予期せぬ成功を自らの手柄とせず、自らの前提に問題が生じているとみる。
「未来への決断」

P・F・ドラッカー (著), 上田 惇生 (翻訳)
経営の哲学 (ドラッカー名言集)
ダイヤモンド社 (2003/8/1)
P36

経営の哲学

君の身を図(はか)ること拙(つたな)し、臣が謬(あやまち)に随(したが)ふこと愚なり。

         「本朝文粋」巻一二・三善清行「眼(まなこ)を詰(なじ)る文」

~中略~
 掲出ぶんは、「眼を詰る文」というタイトルがついた文章の一節である。
年を取った「心」がこのところ働きの悪くなった「眼」を詰るのであるが、これに対して「眼」が理路整然と反論をして、結局「心」が「眼」の言うことを聞くという内容である。
~中略~
主君であるあなたは、身の処し方が拙く、その過ちに従う私は愚かである、と臣下である「眼」の何といたましいことばであろう。そして、こう訴える。あなたは、手も震えているし、足もとだっておぼつかない、耳も遠いし、歯もよくものを嚙めない、これら私以外の補佐役もみんな衰えているではないか、なぜ私一人の罪なのか、と。
 何だかじーんとくる言葉である。これだけ情理を尽くした(?)反論には、「心の神」も自らの過ちを認め、分かった、ではどうすればよいか、と答える。「眼の神」は、もう学問をやめて仏門に入るのがよいでしょう、あなたは心を済ませて往生のために行に励み、私は真実の知恵の光をみるようにしましょう、と勧め、「心の神」もそれを了承する。
高田 祐彦


からだ (人生をひもとく 日本の古典 第一巻)
久保田 淳 (著),佐伯 真一 (著), 鈴木 健一 (著),高田 祐彦 (著),鉄野 昌弘 (著),山中 玲子 (著)
岩波書店 (2013/6/19)
P66







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