「自己を考察し、思索する宗教」が仏教 [宗教]
「今日の機械文明は神が創ったのではない。勝れた科学者の知識の然らしめるところである。
しかし、文明を開発したそもそもの張本人である人間そのものについては、科学者は十分に知ろうとはしなかった。
この不注意が人間崩壊と、ひいては文明の危機をもたらしたのである」
(「人間 この未知なるもの」渡部昇一訳・三笠書房刊)近代のすぐれた文明批評家の一人、フランスの医学者アレキシス・カレル
私は、「自己を考察し、思索する宗教」が仏教だと考えます。カレルは”人間の科学”が必要だと言いますが、もっと突っ込んで”自己を科学する”ことが肝要ではないでしょうか。
科学は、対象をすべて経験的に論証し、それを検証しようとする合理的認識を原則とします。
仏教もまた、対象を経験的に認識し証明する方法を採りますが、仏教の場合、まず対象が自己そのものです。主体である自己を対象として経験的に認識するところに、一般の科学的方法とはおのずから別次の経験方法が必要となります。
これは、常識でもうなずけることで、この自分を経験的に認識する方法が、念仏・唱題・座禅・看経(読経)などの実践(修行)です。
松原 泰道 (著)
般若心経入門―276文字が語る人生の知恵
祥伝社 (2003/01)
P301
般若心経入門―276文字が語る人生の知恵 (祥伝社黄金文庫 ま 1-3)
- 作者: 松原 泰道
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- メディア: 文庫
疲れ、ストレス、不満、緊張、その他モヤモヤした雑念の粒子みたいなものが、漂っているように見えるかもしれません。どんな状態も「あってよし」です。
そのまんま、認めてあげましょう。「うむ、今、アタマの中はこんな状態である」と、客観的に観察します。
その観察タイムを、三〇秒でも五分でも、自分で決めてやってみます。心が落ち着かないときは、「タイマーで一五分」をお勧めします。
目を閉じて心を見つづけます。それだけで、心が浄化されて、落ち着いていくものです。こうして、ムダな反応をリセットしてください。心を静かでクリアな状態に持っていくのです。
反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」
草薙龍瞬 (著)
KADOKAWA/中経出版 (2015/7/31)
P151
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