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人間の器 [所感]

  人間の器の大きさとは 他人のためにどれだけのリスクを覚悟して受け入れ、処理することができるか
ではないだろうか。
 能力もないのにリスクをとるのは問題かもしれないが、
それよりむしろ、能力があるにもかかわらず、そのリスクをとらない者は狭小というものだろう。
自分の受け入れ可能なリスクを最大限受け入れ、処理し、その許容量が大きい人を
「器が大きい人」と言えるのではなかろうか。
馬寄村の住人

-1efd1.jpg美保関灯台2

   ベッドサイド看護がいかにむずかしいものか、看護婦はどうして、ナースステーションへ戻りたがるのか。
かつては、ナースステーションに仕事があるから戻っていたのですが、雑用の大半を他部門の協力で取り除いたのに、どうして戻るのかと、私には疑問がありました。
 しかしよく考えると、それも無理はありません。患者さんのベッドサイドにいることは、人間としていかに厳しいことか、患者さんそばに座って悩みをきいて、ともに苦しむ、というのは、いかにたいへんなことか。私にも、やがてわかってきました。
患者さんの苦しみや悩みをよくきくと、自分もその苦しさに耐えられなくなって、逃げこむ場所がほしくなってしまうのです。
 つまり、患者さんの悩みや訴えをうけとめるには、人間的な力量と忍耐が要ります。

患者本位の病院改革
新村 明(著),藤田 真一(著)
朝日新聞社 (1990/06)
P86


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