いい先生の叱言 [教育]
お師匠さんの人柄というか、しつけというか、身にしみることをいくつか教えてもらった。折れ針がその一つである。
道具類は決して人に借りない貸さない、が規則だった。お師匠さんは自分の折れ針は、ほそい筒型のガラスびんにおさめていた。
あがり針でも錆びのつくのを嫌って、びんには髪油がさしてあった。その保存法を一人の娘が、こころ浅く真似て考え、マッチのあき箱をつかった。
しかも娘心で、マッチのあき箱のきたならしいのを、見よくしようとして、裁ち屑の小切れをちょいと貼って、見せびらかした。
それで、うんと油をしぼられたのである。その娘だけでなく、内弟子も通いの弟子たちも一同に叱られた。
マッチ箱などは、粗末にできているものだから、針の細さと鋭さを囲うことはできない。そのヘナヘナしあたものへ、赤い布などを貼りつけるとは、どういう気か?きれいな小物を持ちたい気はわかるが、かりにも針仕事を習う気の人間なら、もっと「仕事の道具」ということをまじめに考えてもらいたい。
そうすれば赤い布を貼るよけい事をするより先に、もっとしっかりしたいれものを探すほうが大切だとわかる筈だ、といった。
~中略~
いい先生の叱言というものは、聞いた耳一代を通じて効果がると感じる。
幸田 文 (著), 青木 玉 (編集)
幸田文しつけ帖
平凡社 (2009/2/5)
P128
三徳山三仏寺かずら坂
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