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未熟なまんまの日本人 [日本(人)]

澤口 恥というのは、ヒト特有の概念ですよね。かなり高度な脳の働きを要します。だから教えてもらわなければ、恥なんてものは何だかわからなくて当然なんです。
そうならないように、日本人は、恥とは何かを教える子育て戦術をちゃんともっていたはずです。
その戦術をまっとうするには、ネオテニー化した未熟な脳はむしろ都合がいいはずだった。でも、今、日本人はその戦術を見失ってしまっているわけです。
だから脳が未熟なまんまで、周りの目を気にいしないメイワクな行動をとる人が増えてきたんです。

平然と車内で化粧する脳
澤口 俊之 (著), 南 伸坊 (著)
扶桑社 (2000/09)
P41

  -a8cf1.jpg室生 龍穴神社2

P108
ヒトが進化してきた究極の目的は、「複雑な社会のなかでうまく立ち回って、成人したこどもを確実に残すこと」です。
社会でうまく立ち回るのは難しいから、ヒトは幼年期を延長して子育ての期間を長くとり、前頭連合野を発達させてきました。脳を「育てる」ことを前提として、脳を「育てる」ためにネオテニーを進めてきたんです。
その前頭連合野が必要な環境を与えられずにいると、脳の機能がヒトとして未完成なままになってしまう。これが、ネオテニーの大きな落とし穴なんです。
 恥知らずな日本人というのは、この落とし穴にハマってしまった人たちなんです。

平然と車内で化粧する脳

平然と車内で化粧する脳

  • 作者: 澤口 俊之
  • 出版社/メーカー: 扶桑社
  • 発売日: 2000/09
  • メディア: 単行本

P14
「ひきこもり」と呼ばれている人々(「ひきこもり系」と呼ぶことにしよう)は、自分の家のなかにすら、「家の外」と認める空間があることが少なくない。
~中略~
 他方、ルーズソックスに代表される「ふつう」の若者(「ルーズソックス系」と名づけよう)では、正反対に通常の空間(~略~)すべてにおいて、ひきこもり系の自室のような感覚でいられるのである。つまり、どこでもくつろげる。
~中略~
 ひきこもり系とルーズソックス系の差異をあえてあげるならば、異邦人の棲む異界(そこは通常の大人にとっては、いわゆる社会なのだが)を恐怖と感じるか、あるいは無感覚でいられるかという点にあるかもしれない。

P23
 日本の子どもは、幼少時から常にすなおで思いやりを持つようにしつけられ育ってくる。
やがて思春期にいたり、適応するのに非常に心理的プレッシャーを受ける学校環境に出会うことになる。彼らは基本的に、気持ちを意志で強くコントロールし、あるいは対人関係の軋轢が生じてもネガティヴな感情を押さえ込もうとする。

その時、目の前に立ちふさがるハードルを越えられないと自覚した時、自分を非常に安易に社会と切り離してしまい、そういう自分にひらき直ったり、逆に極端に否定的になってしまうのではないだろうか。

ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊
正高 信男 (著)
中央公論新社 (2003/09)

ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊 (中公新書)

ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊 (中公新書)

  • 作者: 正高 信男
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2003/09/01
  • メディア: 新書

 以上、現代が奇妙に甘えの充満している時代(住人注;昭和44年頃の話)であることをのべてきたが、このことをいいかえれば、皆子供っぽくなっているということであろう。
いや、子供と大人の区別が昔ほど判然としなくなったという方が当たっているのかもしれない。子供はマスコミのお陰で早くから色んなことを知るので、大人を大人とも思わない、それこそ大人のような子供がふえてきている。
実際、世代間断絶とひとはいうが、世代間境界の喪失ということの方が現代の記述としては当たっている。
それと同じように大人の方も、昔のような大人らしい大人はいなくなって、子供のような大人がふえてきている。そしてこの大人のような子供と子供のような大人に共通するものこそ甘えなのである。

「甘え」の構造 [増補普及版]
土居 健郎 (著)
弘文堂; 増補普及版 (2007/5/15)
P268

「甘え」の構造 [増補普及版]

「甘え」の構造 [増補普及版]

  • 作者: 土居 健郎
  • 出版社/メーカー: 弘文堂
  • 発売日: 2007/05/15
  • メディア: 単行本

 最近では学校でナイフもカミソリも使わせない。運動会でも危ない競技はやらせない。
~中略~
 すべての危険を除去した「無菌社会」は理想の一つに違いない。だが、「無菌社会」に育った過保護の子供たちは、危険に対する用心と抵抗力がなくなり、それが将来、より大きな危険になることもあり得る。
「先見後顧3」

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る
堺屋 太一 (著)
PHP研究所 (2004/12/7)
P234

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る

堺屋太一の見方 時代の先行き、社会の仕組み、人間の動きを語る

  • 作者: 堺屋 太一
  • 出版社/メーカー: PHP研究所
  • 発売日: 2004/12/07
  • メディア: 単行本

 戦後、核家族化が進んで、お年寄りのいないのが普通のようになった。親子は上下関係ではないから、こどもはまわりに目上の人のいない環境で育つことになる。口のきき方を知らないのは当たり前でくある。
世の中も、目上の人などというものを認めがらない風潮が強いから、いよいよ改まったことば遣いがわからない人がふえることになる。悪気もなく、ぞんざいなことばを相手構わず振りまわす。いかにも乱雑である。
 目上の人には友達ことばは失礼になるというのは、理屈ではなく感覚の問題である。口で教えても分からない。経験で身につける知恵のようなものだ。
~中略~
 尊敬もしていない相手に敬語を使う気がしないという若ものがいるが、長上に対して、なれなれしい口をきいて平気だというのは未熟さである。

日本語の作法
外山 滋比古 (著)
新潮社 (2010/4/24)
P86

日本語の作法 (新潮文庫)

日本語の作法 (新潮文庫)

  • 作者: 外山 滋比古
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/04/24
  • メディア: 文庫

 私たちは、物心がついたときから、いろいろな痛みを体験してきた。
「そんなことをすると痛くなりますよ」と、常に母親や年上の人たちにいわれながら成長してきた。また、こうやれば痛くなることは覚悟の上で、その痛みに歯を食いしばって耐え忍んできた。その意味で、大人の顔は、職業や学歴などとは無関係に、痛みを知っている顔であり、痛みに耐え抜いてきた顔であり、痛みを克服してきた顔でもある。
大人の顔は常に痛みとともに生きてきたという証(あかし)でもある。
「可愛い子には旅をさせよ」「他人のめしを食わせろ」「一度、痛い目にあわないとダメだ」などとよく言われるように、痛みというものは、人間的成長の重要な糧(かて)としての要素も含んでいる。
 この場合に用いている「痛み」という意味は、純粋な感覚としての痛みというわけではなく、つらい事、苦しい事、悲しい事、などの意味を含んだ総称として用いられている。

痛みとはなにか―人間性とのかかわりを探る
柳田 尚 (著)
講談社 (1988/09)
P73


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