敗北力 [言葉]
敗北力(住人注;「もうろく貼」)とは、どういう条件を満たすときに自分が敗北するかの認識と、その敗北をどのように受けとめるかの気構えから成る。
江戸時代の終り近く、日本人の多くは敗北力をもっていた。
長英戦争に敗北して煙の残る中、伊藤博文は町中を歩いて西洋料理の材料を集め、上陸してきたイギリスの使節をもてなす用意を自ら監督して成し遂げた。こんなことができる人を最初の総理大臣にするのだから、当時の日本人は欧米諸国を越える目利きだった。
やがて使節となってイギリスの軍艦に講和交渉におもむく上使は高杉晋作である。
~中略~
敗北力の裏打ちのある勝ち戦を進めることができたのが、児玉源太郎、大山巌の率いる日本の軍隊だった。しかし、この敗北力は大正・昭和に受けつがれることがなかった。
今回の原子炉事故に対して、日本人はどれほどの敗北力をもって対することができるか。
これは、日本文明の蹉跌だけでなく、世界文明の蹉跌につながるという想像力を、日本の知識人は持つことができるか。原子炉をつくりはじめた初期のころ、武谷三男が、こんなに狭い、地震の多い国に、いくつも原子炉をつくてどうなるのか、と言ったことを思い出す。この人は、もういない。
敗北力
鶴見俊輔 (哲学者)
世界 2011年 05月号
岩波書店; 月刊版 (2011/4/8)
P45
洞春寺 山口市
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