人間の器と組織の枠 [処世]
みんなが考える以上によく考えて広い思考の幅を持っている人は、組織や派閥に属する人間としては不向きだ。
なぜならばそういう人は、いつのまにか組織や党派の利害を超え、いっそう広く考えるようになっているからだ。
「人間的な、あまりに人間的な」
超訳 ニーチェの言葉
白取 春彦 (翻訳)
ディスカヴァー・トゥエンティワン (2010/1/12)
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到津の森公園
本来、学校というのは、平均的な青年にとって十分な意味をもっている。もともと教育という公共機関は、少年や青年というものの平均像を―あくまでもそれを―基準とし、一定の過程を強制することによってかれらの平均的成長を期待しうるものとして、そのような想定のもとに設置され、運営されている。
自然、平凡な学生の成長にとっては学校ほど―どのような学校にせよ―有意義な存在はないかもしれないが、精神と知能の活動の異常に活溌すぎる少年―天才といっていい―にとっては、この平均化された教授内容や教育的ふんい気というものほど、多くの場合、有害なものはないかもしれない。
世に棲む日日〈2〉
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋; 新装版 (2003/03)
P78
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