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異様(ことよう)の者 [日本(人)]

 吉田兼好の「徒然草」に謎の段があります。
「因幡に国に、何の入道とかやいふ者の娘 容(かたち)美しと聞きて、人数多(あまた)言ひわたりけれども、この娘、唯栗をのみ食ひて、更に米の類を食はざりければ、斯(かか)る異様の者、人に見ゆべきにあらずとて、親、許さざりけり」
(第四〇段・全文)

~中略~
「個性を尊重しましょう」という考え方がでてきた現代でも、集団の平均から外れた性質や能力、違いを持っていると仲間外れにされたり、白い目で見られたり、場合によっては村八分のような目にあわされたりすることがあります。
~中略~
 日本では、他の人と違っている、「変わっている」ということは、それ自体がネガティブな意味を持つ傾向があり、そう見なされることに対して極度の警戒心を持っている場合が多いようです。

「栗が好きなくらいで、結婚を禁止してしまう」というナントカ入道の行きすぎとも感じられる行動が、日本人のこの傾向を象徴的に表している。
吉田兼好はこのことについて慨嘆してみたのではないかと思ったわけです。

「こころ」は遺伝子でどこまで決まるのか―パーソナルゲノム時代の脳科学
宮川 剛 (著)
NHK出版 (2011/2/8)
P228

IMG_3847 (Small).JPG高松

真乗院に盛親(じょうしん)僧都とてやんごとなき智者ありけり。
芋頭というものを好みて多く食ひけり。
  「徒然草」第六十段

~中略~
 兼好は、盛親を「世を軽く思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、大方人に従ふといふことなし」と書いている。朝廷や大貴族の家などの法会の席に出て、料理を食する段になると、全員の席に料理が行き渡るのを待たずに一人で食べ始め、食べ終わって帰りたければ一人でつっと立って帰ったという。
~中略~
 しかし盛親は、「世の常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろず許されけり」。なぜか。 彼は「見目よく、力強く、大食にて、能書、学匠、弁舌人に勝れて」、仁和寺の寺内でも中心的な存在であった。抜群の能力を持つ「やんごとなき智者」だったのである。
 そして、わがままではあっても、欲張りではない。この人の好物は、「芋頭」である。~中略~
 「よろづ自由」はほめ言葉ではない。しかし既存の価値観に囚われない精神は、いつの時代にも魅力的であろう。
鉄野 昌弘

からだ (人生をひもとく 日本の古典 第一巻)
久保田 淳 (著),佐伯 真一 (著), 鈴木 健一 (著),高田 祐彦 (著),鉄野 昌弘 (著),山中 玲子 (著)
岩波書店 (2013/6/19)
P80


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