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安全と水はタダでない [ものの見方、考え方]

  思いつめたからといって、自己の生存も、自己の安全も、自己の希求も確保できない。
これらすべては、自らの手で、高いコストをかけて、保存しなければならない、というのが、二千年の体験から割り出したユダヤ人の結論であり、日本人と根本から違う点なのである。

日本人とユダヤ人
イザヤ・ベンダサン (著), Isaiah Ben-Dasan (著)
角川書店 (1971/09)
P34

-f911c.jpg山荘 天水4

P31
ああ、日本人は何と幸福な民族であったことだろう。自己の安全に、収入の大部分をさかねばならなかった民と、安全と水は無料で手に入ると信じ切れる状態に置かれた民と、

幸田 いまね、あばれ川とか、山くずれとかいうことに気がついて、見に行ったりしているんですけれども、それで県庁なんかの人にいろいろ聞きますとね、家庭での水をもっとセーブするしかたをよくしないと、しょせんはつらいときがくる。

辻(住人注;辻嘉一) ともかく畏れということを知らんですよってね。さいわい日本は雨が多かったり、雪が多かったり、雪が多いさかい、水はあるとはいうものの、もっと畏れて尊ばなければいけませんね。

(一九七九年 七十四歳)

幸田文 台所帖
幸田 文 (著) , 青木 玉 (編集)
平凡社 (2009/3/5)
P54

P107
 聖書に出て来る「平和」という言葉にはヘブライ語「シャローム」が当てられている場合が多い。現代のイスラエル人の「こんにちは」に当たる挨拶も「シャローム」である。
 この「シャローム」の本来の意味は「欠けたことのない状態」だという。現実的に言えば、人間の暮らしには必ず苦労が伴う。病気、死別、経済的不安、地域抗争に巻き込まれることは常に考えられる。
そのような欠けたことのない人などまずいないだろう。
だから「シャローム」という言葉に含められた意味は「この世にあり得ないすばらしいもの」なのである。それを「あなたに贈ります」とイスラエルの人たちは言うわけだ。
その言葉の背後には「平和」「平安」というものに対する烈しい、そしてもしかしたら永遠に叶えられないかもしれないという悲しい希求がこめられている。
日本人のように、「皆が願えば必ず平和になる」などという甘さはどこにもない。
日本人は、水も電気も、緑も海も、与えられているから、こういう「たわごと」を言う。

P223
戦後、私たち日本人は、大きな幸運に恵まれてきた。地域戦争にも巻き込まれず、大旱魃(かんばつ)、大都市が呑み尽くされるような火山の大噴火にも遭わずに済んできた。 幸福と安全の配当は当然のことだから、感謝の対象ではなかったのである。
 人々は「安心して暮らせる」生活を求め、それが可能であると考え、一部の人はその安全と安心が実現されるのが当然と思ったようだ。
人間にとって現世で叶わないことが二つだけある。一つが「安心して暮らせる」生活であり、もう一つが死なないことである。
 このことは東日本大震災でこんなにも明確に実証されたにもかかわらず、その後もまだこの言葉を使い続けて平気な人たちがいる。

人生の原則
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