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安心社会と信頼社会 [社会]

 本書をここまで読み進めてこられた読者は、すでによくお分かりだと思いますが、この地球上には安心社会と信頼社会という二種類の社会が存在します。
 おさらいになってしまいますが、メンバー同士の相互監視や制裁といった仕掛けを通じて、人間同士の結びつきの不確実さを解消していこうとするのが安心社会んのありかたです。
 このような社会に生きる人たちにとって、集団の外にいる人たち、つまり、「よそ者」との関係を持つことは歓迎されません。外部の人間は彼らにとっては「他人」であり、「泥棒」同然の存在というわけです。
 集団主義社会に暮らす人たちにとっての最優先事項は、集団内部の安定を維持することになります。すなわち、身内と波風を立てずに生きてゆくことがなによりも大切だというわけで、集団内部の人間関係をうまく感知する能力も自然に発達していきます。また、こうした社会では他の仲間から排除されないために、なるべく控え目に行動するという行動原理が自然と身についていくことになるでしょう。
 これに対して、信頼社会とは社会が提供する「安心」に頼るのではなく、自らの責任で、リスクを覚悟で他者と人間関係を積極的に結んでいこうという人々の集まりです。
 このような社会で生きて行くには、他人から裏切られたり騙されたりするリスクはつきものなのですが、そのリスクを計算に入れても、他者と協力関係を結ぶことによって得られるメリットのほうが大きいと考えるのが信頼社会の人々の発想です。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)
P239

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

  • 作者: 山岸 俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2008/02/26
  • メディア: 単行本


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犬飼石仏

~中略~
 このように、安心社会と信頼社会は全く違う原理で動いている社会であるわけですが、ここでぜひ強調しておきたいことが一つあります。
 それは安心社会と信頼社会はそれぞれに完結した社会であって、一方の社会のほうがもう一方に比べて劣っているとか、遅れているということは全くないということです。安心社会には安心社会の利点があり、信頼社会には信頼社会の利点があって、どちらかだけが正しいということはありえません。
 歴史的に見れば、安心社会のほうがずっと長い伝統を持っていて、信頼社会は比較的新しく生まれた社会ではありますが、だからといってこれからは信頼社会が主流で、安心社会がなくなっていくというわけでもないでしょう。
なぜならば、戦乱が続いたりあるいは飢饉などが起きるといった不穏な状況になれば、信頼社会よりも安心社会のほうがずっと安定した社会を提供できるという利点があるからです。

P241
 さて、おそらくこれからも人類社会は安心社会と信頼社会の二本立てで進んでいくのではないかと予測できるわけですが、こうした二種類の社会がそれぞれに独立した「モラルの体系」を作り出していることを初めて指摘した人がカナダ人の学者ジェイン・ジェイコブズでした。
 彼女は都市論や経済学など、さまざまな分野で優れた著作を何冊も遺して、つい先日なくなったのですが、その彼女が書いた本に「市場の倫理 統治の倫理」(香西泰・訳 日経ビジネス人文庫)という本があります。
 ジェイコブスは古今東西の道徳律を調べていく中で、人類には二種類のモラルの体系があるということを発見しました。それが「市場の倫理」であり、もう一つが「統治の倫理」です。市場の倫理とは分かりやすく言うならば「商人道」、「統治の倫理とはすなわち「武士道」だと理解しておけば、まず間違いないでしょう。
~中略~
 これらの二つのモラル体系を紹介したのち、ジェイコブスはこう言います。
えてして人間は、統治の倫理と市場の倫理という二大モラル体系を合体させれば、最高にして最良のモラルが出来上がると考えてしまうのだが、実はそれこそが大間違いである。それどころか、この二つのモラルを混ぜて使ってしまったとき、「救いがたい腐敗」が始まってしまうのである―と。
 ではいったい、なぜ武士道と商人道の二つのモラルを混用してはいけないのでしょうか。  その理由は、この二つのモラル体系が目指す世界はまったく対立するものであって、その二つのモラルを混ぜることは大いなる矛盾と混乱を社会にもたらすばかりでなく、最終的には「何をやってもかまわない」という究極的な堕落を産み出すことになってしまうからだというのです。
~中略~

 このように「市場の倫理」と「統治の倫理」はけっして組み合わせてはいけないものであるわけですが、身分制が厳密にあった時代には、統治者の社会と商人の社会は別のものであったので問題が起きる心配はほとんどありませんでした。
 しかし、今日のように身分制がなくなった民主制度の時代においては、統治者と商人の境がなくなってしまいました。このために、この二つの道徳律がしばしば混同されるようになったので、さまざまな問題が起きているのだとジェイコブズは指摘しています。

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点

  • 作者: 山岸 俊男
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2008/02/26
  • メディア: 単行本



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