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日本の家屋 [日本(人)]

 [第五十五段] 家屋の作り方は、夏を主とするがよい。冬はどんな所でもがまんできる。
暑い時分に、わるい住居はたまらないものだ。(庭のやり水なども、)動かない深い水は涼しげない。 浅くて流れているのが、はるかに涼しい。
 家の造作の細部について吟味してみるに、遣戸(やりど)(ひき戸)の方が、蔀(しとみ)(あげ戸)の部屋よりも明るい。 天井の高いのは、冬寒く、あかりが暗くて、いけない。
建築は、きまって何に使うということのない所を作っておくのが、見ても面白く、また色々の役にも立ってよいと、皆が論じあったことである。

徒然草―現代語訳
吉田 兼好 (著), 川瀬 一馬
講談社 (1971/12)
P215

TS3E0488 (Small).JPG宮島

 生活空間は、常に快適にしておくべきだ。風や暑さ、寒さは、すぐに身体に悪い影響をあたえる。
これに対して、湿気はすぐに身体に影響がない。しかし、身体に重い病気をまねくことがある。そして、治りにくい。注意しないといけない。

 湿気のある、川辺やや低地、水辺の場所からは離れて暮らすことである。床も高い方がいい。そして、住んでいるところも風通しのよいよいようにしておく。

養生訓 現代文
貝原 益軒 (著) , 森下 雅之 (翻訳)
原書房 (2002/05)
P157

ほど狭しといえども、夜臥す床あり、昼居る座あり。一身を宿すに、不足なし。寄居(がうな)は小さき貝を好む。これ、事知れるによりてなり。
鶚(みさご)は荒磯に居る。すなはち、人を恐るるが故なり。われまた、かくのごとし。
事を知り、世を知れれば、願はず、走らず。ただ、静かなるを望みとし、愁へ無きを楽しみとす。
すべて、世の人の栖(すみか)を造るならひ、必ずしも、事の為にせず。

方丈記 現代語訳付き
鴨 長明 (著), 簗瀬 一雄 (翻訳)
角川学芸出版; 改版 (2010/11/25)
P43

P125
 床の間はいうまでもなく室町文化の所産である。室町というのは乱世だが、しかし生活文化からいえばこんにちの日本の伝統芸能や生活文化の源流のほとんどは室町期に発している。
食事が日に二度から三度になったのも室町末期からだし、茶道、いけ花、能狂言や謡、歌舞伎、行儀作法から結婚式のしきたりにいたるまでがそうで、われわれがごく日常のものとして馴れっこになっている生活文化の光源は室町に発し、いわば室町文化を灯台としていまもそのひかりを浴び続けているのである。
 われわれがいま日本式の住宅建築としている数寄屋普請も座敷の書院造りも、そしてその一構成要素床ノ間もみな室町に発し、江戸時代初期から徐々に普及した。
 この思案は整理されていないためうまく表現できないが、台湾に近い八重山諸島の小さな島にまで存在しているのである。
座敷や床ノ間の発明者(?)はたれだか知らないが、日本人の住まいとしてよほど肉体的にも居住性がよく、感覚的にも美的であるということだから長い歴史にも堪え、同時に地理的に普及力も持ちえたのに相違ない。

P126
沖縄は琉球王朝時代、中国に朝貢してその文化を大いに吸収しつつも、民家だけは本土の民家と概括的にはおなじ思想で仕上っているように思える。
 民家だけでなく、地方貴族の屋敷も、いつの稿だったかで触れた石垣で保存されている2軒の古い屋敷でもわかるように、中国式でなく本土式であるというのがおもしろい。
石垣の宮良殿内(みやらどんち)(重要文化財)のなかに入れてもらったとき、その濡れ縁、座敷、板壁、もしくは全般の間取りをながめつつ、その印象が、兵庫県に遺っている「箱木千年家」(室町初期)を見たときの印象とそっくりのような感じがして仕方なく、この相似の事を建築史の専門家にきいてみたいほどだった。
~中略~
 床ノ間にもどる。
 これを付属させた「座敷」というものが本土で一般に普及するのは、江戸初期以後であるかと思える。それでも小百姓の農家は、座敷をもたなかった。許されなかった。
 江戸時代は人間を格付けして秩序を保った時代だから、ただの農家が座敷をつくり、床ノ間、欄間、飾り棚などを持とうものなら、大官所から役人がとんできて取りこわしを命じてしまう。
屋敷の中で、格式上、門がもっとも重い。百姓で門を構えることを許されるのは庄屋級であった。
もし大百姓が何か大儲けして門を構えたいと思えば藩に多額の献金をせねばならない。門どころか座敷を設けて欄間を設けるだけでも、献金が必要だった。座敷の飾りとして付書院を設けたいと思えば、それ以上の献金をせねばゆるされない。
 そういう禁制が解けたのは、明治維新という文化大革命による。それでも明治期の村々においては、江戸期の格付けの秩序感覚がのこっていて、なにかで一儲けした小百姓が門をつくったり、書院座敷をつくったりすることは、よほど勇気が要った。

街道をゆく (6)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/12)


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