皇室と日本人 [日本(人)]
「私<寛仁親王殿下 >は伯父様<高松宮殿下>をずっとお手本にしてきたところがあって、こういう言い方は申し訳ないんだけれど伯父様を水先案内人と心得てやってきました。中でも伯父様が生前よくおっしゃっていたのは、皇族というのはいにしえの昔から国民に守られてきたんだ、ということです。
京都の御所を見てもそのことがよく分かる。あそこはどこからでも侵入できるし、外国の城のような濠もなければ、高い塀もない。
ところが長い年月、泥棒が入るでもなくずっとあなままの佇まいでありつづけているわけです。伯父様は、そのことを見ても皇室がいかに国民によって守り育てられてきたがが分かるとおっしゃっていました。
私もその通りだと思います。」
(寛仁親王殿下「皇室と日本人」「文芸春秋」93年7月号)
語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」
竹田 恒泰 (著)
小学館 (2005/12)
P236
語られなかった皇族たちの真実 若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」 (小学館文庫)
- 作者: 竹田恒泰
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2012/10/26
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また、皇居や御所が過常に警備されていることに対して、高松宮は同妃喜久子殿下に次のように語っていた。
「皇族というのは国民に護ってもらっているんだから、過剰な警備なんかいらない。堀をめぐらして城壁を構えて、大々的に警護しなければならないような皇室なら、何百年も前に滅んでいるよ」
(「文芸春秋」98年8月号)
~中略~
そして皇室が国民に守られてきたのは、天皇と国民の間が強い信頼関係で結ばれていたからにほかならず、それを可能にしたのは、例外はあるも歴史的に天皇は政治に関与せず、主な御役割は民の幸せを願うことであったことによる。
天皇に「私」はなく、民全体の幸せのためにありつづけてきたのだ。そのことは、天皇の御日常が質素であり続けたことからも察することができよう。
世界中の王宮が贅沢の極みであることと、1000年以上天皇の居所として使用された京都御所が質素の極みであることを比較すれば容易に理解することができる。
語られなかった皇族たちの真実-若き末裔が初めて明かす「皇室が2000年続いた理由」
- 作者: 竹田 恒泰
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2005/12
- メディア: 単行本
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