高杉晋作 [雑学]
―おれは生涯、「こまった」という言葉をはいたことがない。
というのが晋作の晩年の自慢だったが、この戦略家はつねに壁にぶつかった。
世に棲む日日〈2〉
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋; 新装版 (2003/03)
P309
P138 黙して威を張るべし
「勝利軍は無言なるがよし」
と晋作は何度も言い、緒隊の隊長を説得していた。~略~
力ある男の無言なる姿ほど、相手に畏怖をあたえるものはないということを晋作は知っていた。
「相手の多弁を待つ」
とも、晋作はいった。
P143
(これが、人の世だ)
とも晋作は思い、戦いの勝利というものの不思議な作用を思った。晋作は鎮静会議員のいちいちの顔ぶれを見て、そのうちの七割が力関係の変化にともなう雷同者であり、二割が新政権が樹立された場合の猟官を目的とした連中であることを痛いほど知っていた。
~中略~
中立派というのは議論のみで正義をよそおい、実際には情勢の風むき次第でうごくという連中のことで、こういう連中ほど、晋作のように弾雨をくぐって一勝ごとに命をかけてきた感覚からいえななんともやりきれない。
P151
晋作自身の文章を借りると、
「 生とは天の我を労するなり。死とは天の乃ち我を安んずるなり。」
ということになる。晋作にとっての生とは、天がその生に目的をあたえ、その目的のために労せしめるという過程であるにすぎず、
死とは、天が彼に休息を与えるというにすぎない、ということであった。
世に棲む日日〈4〉
司馬 遼太郎 (著)
文藝春秋; 新装版 (2003/04)
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