So-net無料ブログ作成

世を捨つる御身といいながら [人生]

 壇ノ浦合戦で、安徳天皇、二位尼とともに、西海に身を投げた天皇の母徳子(建礼門院)は、幸か不幸か、救われて生き延びることになる。そして大原の寂光院に住む。尼としてである。
「平家物語」の「大原御幸」はすばらしい名文で、後白河法皇が寂光院に彼女を訪ねたときの場面を描いている。そのときの建礼門院の言葉が痛々しい。
「世を捨つる御身といいながら、今かかる御有様を見え参らせずらん慚(はずか)しさよ。消えも失せばや」
~中略~
 この最高の栄光と堪えきれない悲惨とを、短い間に体験した彼女の死んだのが、建保(けんぽう)元年(一二一三)十二月十三日、享年五十八.長すぎる一生と思ったことだろう。

この国のことば
半藤 一利 (著)
平凡社 (2002/04)
P83

DSC_1937 (Small).JPG


タグ:半藤 一利
nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント