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上司に物言う時は [対人関係]

孔先生がいわれた。
「君子のおそばにいるにあたっての過ち三種。まだ発言すべきでないのに発言する、これをがさつという。発言すべきときに発言しない、これを隠という。顔色を見ないで発言する、これを瞽(めくら)という」
李氏篇


                  論語
           孔子 (著), 貝塚 茂樹
                       中央公論新社 (1973/07) 
                       P472

TS3E0658 (Small).JPG広島市

P28
(住人注;韓非は)説難篇にいう、
「すべて〔人君に〕説くことがむずかしいのは、説く者の知恵において説きふせることの困難があるのではない。また説く者の弁舌が自身の意図を明白にすることに困難があるのでもない。説く者が思うぞんぶん述べきる勇気の問題では、なおさらない。
すべて説くことのむつかしさは、説く相手〔たる人君〕の心を見ぬき、いかにして自身の説きかたを適合させうるかにある。

P29
いったい事は密なるをもって成功し、語は泄(もら)すをもって失敗する。それは自分が他人にもらした場合に限らない。ひとがかくしていることにふれるだけでもよくない。そういう場合は危険である。~中略~
 いったい貴人は計画がうまく運んだときには、自分の功だと思いたがるものなのだ。その意見を述べた者が、ちゃんと予見していたとなると、危険である。また貴人は明らかにしくじるときでも、自分はほかの原因があったと思うものなのだ。意見を述べた者が予見していたとなると、危険である。
〔人君が〕どうしてもやろうとしないことを強い、どうしてもやれずにおれぬことを制止する場合は、危険がある。
 ゆえに次のことが言える。人君に大人(明君、賢主)のことを語れば、自分をそしるものだと思われ、細人(小人、愚人)のことを語れば、〔意見するものが〕己(おのれ)の長所を売りつける奴だと思われる。
人君の寵愛のものについて語れば、それを手づるに取り入るこんたんだと思われ、憎むものについて語れば、〔人君〕自身をこころみるのだろうと思われる。率直にことば少なくすれば、知識がとぼしい奴だとばかにされ、故事をならべ、もりだくさんにすると、尊敬はされても口数が多すぎると思われるだろう。
〔人君の〕心にかなうようにあらましだけの意見をのべれば、臆病で言いつくせないのだということになり、雄大な構想をたてれば、いやしいくせに傲慢無礼だということになるだろう。これらの説きかたの困難を知らねばならない。
老子・韓非列伝 第三

史記列伝1
小川環樹 今鷹真 福島吉彦 訳
岩波書店(1975/6/16)

【曽呂利新左衛門】(?~一六〇三?)―寵愛―
 飯はいつにても、よき物なり。しかし、なにも、うまき風味はなし。

~中略~
主君に菓子みたいな甘いことをいっても飽きられる。甘いものは場合によってはよくない。
一方、飯は、いつでもよい物。甘いこといって主君に用いられようというのは大きな了見違い。コメの飯のように、さして味はないが、退屈もせず、気遣いもいらない。それをめざしておゆきなさい」
 最後に言い放った言葉がふるっている。
「主君の寵愛というものは必ず久しからぬものなれば、その心をもって媚びず諂わずして真っ直ぐに奉公したまうべし。外に伝授もヘチマもいらず」
(「雨窓閑話」)。人間は自然体が一番。これが人間関係の秘訣らしい。

日本人の叡智
磯田 道史 (著)
新潮社 (2011/04)
P20

努力する人間の困難な問題は、先輩の功を認め、しかも彼らの欠点によって妨げられないことである。
(「格言と反省」から)

ゲーテ格言集
ゲーテ (著), 高橋 健二 (翻訳)
新潮社; 改版 (1952/6/27)
P37


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