絆ストレス [日本(人)]
「絆」は二〇一一年の「今年の漢字」にも選ばれた。
ただ、診察室には昔も今も、「濃すぎる人間関係」で悩む人が大勢、訪れる。
~中略~
この人たちは、自分を苦しめている「濃い人間関係」を「束縛の縄」とか「息がつまる密室」などと呼ぶのだが、これも言葉をかえれば「絆」と言えるかもしれない。
つまり、「絆」には心や生活を支えるものもあれば、人にとってたまらないストレスになるものもあるのだ。 大震災で「絆の大切さ」を知った、という若い人たちは、「人を苦しめる絆もある」ということには気づかないのかもしれない。
~中略~
これは私の勝手な考えなのだが、東北の被災地の方々の多くは、大震災前からも強い地縁、血縁の中で生きてきた。 もちろん、それがあったから大震災後もお互いに助け合い、支え合いができた側面もあるのだが、中には以前から濃すぎる人間関係にストレスを感じていた人もいたであろう。
そこに大震災が起きて、全国の人たちから「ほら、絆っていいものでしょう?」「これからもこの絆を大切にね」という声が寄せられた。
~中略~
被災者たちが、「もう「絆」という単語は見たくない、聞きたくない」と思うのも、当然と言えよう。
また少し気になるのは、いまの若い人たちが「絆=よいもの」と思いすぎるあまり、何があってもそれを切ってはいけない、と思い込んでいるのではないか、ということだ。
若者のホンネ 平成生まれは何を考えているのか
香山リカ (著)
朝日新聞出版 (2012/12/13)
P182
P65
不倫という言葉に過剰に反応し、発覚した人物を積極的にバッシングしようとする人は、「他人の不幸の上に自分の幸せを築く行為だから」「子どものことを考えるべき」「オレも(あるいは、私だって)、本当はパートナー以外の人との関係を持ちたいのにあいつだけいい思いをしてお咎(とが)めなしとは許せない」「社会の規範に反する行為を見逃すべきではない」と、それぞれの「正義」を盾に不倫バッシングを正当なものとして認識しています。
共通するのは、自分は正義の側にあり、悪いことをした人間を「ほかならぬ私が直々に懲らしめてやらなければ」という心に燃えている点です。
不倫は昔から芸能ニュースの「鉄板ネタ」ではありました。~中略~
しかし、以前は現在ほど不倫に対して世間の目が厳しくなかった、という声が聞こえることもしばしばです。それではなぜ、不倫バッシングがこれほど猛烈になってきたのでしょうか?
P66
人類は共同体の中で、一定のコストを負担する見返りとして、共同体からリソース(資源)の分配を得て生活しています。たとえば、私たちは税金や社会保障費用を納める代わりに、インフラや医療の恩恵を受けられます。
しかし、中にはコストを負担せず、「おいしいとこどり」をする者も出てきます。これをフリーライダーと呼びます。フリーライダーはアリやハチなどの社会にも見られますが、一定の割合を超えてしまうと、共同体のリソースは減るばかりです。
~中略~
フリーライダーがひとたび検出されるとどうなるか。集団内の人が、その人に、フリーライドを改めてもらえるよう、何らかのかたちでアラーとを発します。アラーとの段階で行動が改められない場合、そのフリーライドをなんとか食い止めるため、実力行使してでも制裁を加える必要が出てきます。そうしなければ、集団内のすべての人に「なんの制裁も受けないならフリーライドしたほうが得」という戦略が広まり、集団そのものが崩壊してしまうからです。
肉体の脆弱性(ぜいじゃくせい)と子育て期間の長さのために、集団で生き延びることが種の保存に必須であるために社会性が大きく発達した生物である人類には、フリーライダーの検出機能と排除の機構がほかの生物よりずっと強力に組み込まれているのです。
集団内におけるフリーライダーを検出する心理モジュール(構成部品)として、やっかいなことですが「妬み」の感情が使われていると考えることができます。
P68
愛情ホルモン(住人注;オキシトシン)は一見、素晴らしいもののようなのですが、妬みの感情をも同時に高めてしまうという性質も持っています。つまり、集団の結束が強い社会では、人々はフリーライダーのバッシングに熱心になりやすくなるのです。
とりわけここ10年来、大規模な災害が相次いだことで日本社会は「絆」―集団の結束をより重視する社会に比較的シフトしています。大きな災害や戦闘行為など、私たち人間は集団の結束を必要とする事態にしばしば見舞われますが、集団がそうした状態にあるとき、フリーライダーにはより厳しい視線が向けられます。
利己的な振る舞いをしている人がいると、いつも以上にバッシングされやすくなる―その格好の対象のひとつが「不倫」です。
P69
また、不倫バッシングは、自分が「正義」の側にいることを確認する行為でもあります。
これにより、脳はさらなる報酬を得ることができるのです。
このように書くとバッシングする人を責めているように見えるかもしれませんが、この人たちは社会性の高いきわめて人間らしい人たちとも言えるのです。補足すると、社会のルールを守る誠実で善良な人ほど、逸脱者への攻撃に熱心になる傾向があることが、複数の研究で報告されています。
空気を読む脳
中野 信子 (著)
講談社 (2020/2/20)
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