科学ジャーナリズムにできること [社会]
科学ジャーナリズムが、本来の役割を自覚し発揮し始めるのは七〇年代以降だと私は考えている。
日本では、大阪万博(七〇年)を境に、科学技術への不信が芽生え始めた。公害など科学物質による健康被害や環境破壊、薬害、地球温暖化、脳死や生命倫理の問題。
科学技術の成果より「負」の側面に、国民の目が集まるようになった。
原子力で言えば、七九年の米スリーマイル島原発事故と八六年のチェルノブイリ原発事故。九五年には日本でも高速増殖炉「もんじゅ」の火災で情報隠しが発覚した。九九年には核燃料製造会社「JCO」で臨界事故が起き、二人の死者を出した。
原子力は危ない、取り扱いを電力会社と当局だけに任せておいてはいけない、という懐疑的な見方を科学ジャーナリズムは報じたし、社会にも伝わったと思う。事実、この事故をきっかけに、原子力安全・保安院が発足したのだ。
しかし福島第一原発の事故は起きた。放射能はもれ続け、水や土や、その産物である農作物を汚染した。コメや牛肉へも拡大が心配されている。放射能を避けて家を追われた人たちが、いつ戻れるかめどが立たない。
こんな中、科学ジャーナリズムにできることは何だろう。事故を防げなかったことへの後悔はむろん、原子炉の把握状況と、すぐに不具合を起こす頼りないシステムのお守りに追われる日々の中で、悩みは深まる一方なのだ。
気になる科学 (調べて、悩んで、考える)
元村有希子 (著)
毎日新聞社 (2012/12/21)
P216
タグ:元村有希子
コメント 0