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道 [哲学]

物有り混成し、天地に先だって生ず。
寂兮(せっけい)たり寥兮(りょうけい)たり、独り立って改わらず、周行して而も殆(つか)れず。
以て天下の母爲(た)る可し。吾其の名を知らず。
之を字(あざな)して道と曰う。強いて之が名を爲(な)して大と曰う。
大を逝(せい)と曰い、逝を遠と曰い、遠を反(はん)と曰う。
故に道は大なり、天は大なり、地は大なり、王も亦(ま)た大なり。
域中に四つの大有り、而(しこ)うして王は其の一に居る。
人は地に法(のつと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。

老子
小川 環樹 (翻訳)
中央公論社; 改版 (1997/03)
P63

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DSC_2359 (Small).JPG北大ポプラ並木

~中略~
形はないが、完全な何ものかがあって、天と地より先に生まれた。それは音もなく、がらんどうで、ただひとりで立ち、不変であり、あらゆるところをめぐりあるき、疲れることがない。
それは天下(万物)の母だといってよい。その真の名を、われわれは知らない。(仮に)「道」という字(あざな)をつける。 真の名をしいてつけるならば、「大」というべきであろう。
「大」とは逝ってしまうことであり、「逝く」とは遠ざかることであり、「遠ざかる」とは、「反(かえ)ってくる」ことである。だから「道」が大であるように、天も大、地も大、そして王もまた大である。こうして世界に四つの大であるものがあるが、王はその一つの位置を占める。
人は地を規範とし、地は天を規範とし、天は「道」を規範とし、「道」は「自然」を規範とする。

P77
「道」によって君主を助けようとする人は、武力を用いて天下をおびやかすことをしない。
そのようなことは、はねかえってくるのがつねだからだ。
軍隊のたむろしたところには、いばらやとげの木がはえる。大きな戦いのあとには、きっと凶作がくる。
すぐれた人(将軍)は目的をとげればそこでやめる。勝利をそれ以上に進めようとはしない。
目的をとげても、したことを誇りとしてはならない。目的をとげても、これみよがしにしてはならない。
目的をとげても、傲慢になってはならない。目的をとげても、粗暴であってはならない。活気に満ちたものにも、その衰えのときがある。
これ(粗暴)は「道」に反することとよばれる。「道」に反することは、すぐに終わってしまう。

P177
「老子」の書が「道徳経」の別名を有するのは古く、おそらく漢代からであろう。
「道」という字は全部で七十六回みえ、「徳」の字は四十四回現われる。ゆえに「道」は老子の思想における諸概念の中で最も重要なものであり、キイ・ワードである。老子と荘子の学派を道家と称するのは理由のあることである。
~中略~
 この二つの章から、「道」が単なる道路でなく、また儒家のいう人倫の道でもないことがわかる。「道」は万物の根源であるから、論理上、あらゆる物に先行する。それはすべての物が成立する根拠である。
こういうと「道」は宋代の哲学者のいう「理」に似てくる。朱子の哲学では「形なく影無き」ものが「理」であり、この抽象性を「形而上」とよぶ。けれども、老子の「道」は、実は特殊な具体性をもっている。
~中略~
老子は何らかの方法で神秘的経験をし、その到達した境地を語ったにちがいない、と私は思う。

P180
「道」はすべてのものをあらわしめる原理である。原理であるから、永久不変でなければならない。それを意味する「常」も老子の好んで使う語である。「常を知るを明という」(第十六章など)。不変なるものを知るのは英知の輝きとされる。「常」は原理そのものの属性であるが、それを知ることは、人の心にあるが、そのためには心の平静さが要求される。

P182
 このような「道」にのっとって、人もまた「無為」であること、よけいな行動をしないことを老子は教える。無為と自然は同じ事の両面である。

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道家の創始者は春秋時代の老子(名は李耳(りじ))とされ、代表人物に列子(列禦寇(れつぎょこう))や荘子(荘周)らがおり、それぞれの著した書物とされる「老子」「列子」「荘子」が現存する。
また漢の淮南王(わいなんおう)・劉安(紀元前一七九~前一二二年)が学者を集めて編纂した「淮南子」も道家思想を伝える重要な書物である。
道家思想が「黄老の学」ともいわれるように、その源は今から四千五百年前の上古の帝王で、中華民族の先祖とさえれる黄帝の思想にさかのぼることができる。

P12
 道家思想の根幹をなす概念は文字通り「道」であり、これが「道家」と呼ばれる所以である。道家思想の影響を受けた韓非子は「老子」の解説において。「道とは万物の依拠する法則であり、万理の従う準則である」(「韓非子」解老)と説明している。
~中略~
 荘子も「道は機能しながら、何の作為もなく、形も見えない。伝えられるものだが、手に取って受けることはできない。得られるものだが、目には見えない。自らを根源とし、まだ天地がなかった古よりすでに存在している。
鬼神を生み帝王を生み、天を生み地を生む」(「荘子」内篇・大宗師)と述べている。

老荘思想の心理学
叢 小榕 (著)
新潮社 (2013/02)
P11

老荘思想の心理学 (新潮新書)

老荘思想の心理学 (新潮新書)

  • 作者: 叢 小榕
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2013/02/01
  • メディア: 単行本

 

自然に為成(な)すべき筋の出づる、是れ道なり。
(「中庸講筵録」)

山田方谷のことば―素読用
山田方谷に学ぶ会 (編集)
登龍館 (2007/07)
P55

山田方谷のことば (サムライスピリット)

山田方谷のことば (サムライスピリット)

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 登龍館
  • 発売日: 2015/05/01
  • メディア: 単行本


山田方谷をご存じだろうか。幕末明治の儒者である。農民出身。備中松山藩五万石で奇跡の藩政改革をなしとげた。一般には司馬遼太郎の小説「峠」 などにでてくる越後長岡藩の河合継之助(つぐのすけ)が師に選び、その思想を育てた人物といったほうがなじみ深いかもしれない。
 陽明学者の安岡正篤(まさひろ)が「古代の聖賢は別として、近代の偉人といえば、私はまず山田方谷を想起する。この人のことを知れば知るほど文字通り心酔を覚える」といった。安岡は「終戦の詔勅(しょうちょく)」に筆を入れ、存命中、元号平成の創案にも関与したとされる人である。
~中略~
 こういう男の改革が、民を不幸にするはずがない。松山藩五万石の借金一〇万両をわずか一〇年で完済し、一〇万両の貯蓄を作ったが、きちんと民の懐もあたためた。
藩内に、備中鍬(ぐわ)の製造など金属産業をおこし、大坂商人に中間で利を奪われぬよう、慎重に船で江戸まで運んで販売し、民に利をわけた。未来の産業成長につながる部門の育成は長期的に考え、資金を集中投下し成功した。
 官僚化した組織は既存路線の踏襲でしか考えない。方谷はそれを改革した。「物事をかき分けてみなさい。今は葎(むぐら)(雑草)が茂っていても中に真っ直ぐな道がみつかるもの」といっている。至言といってよい。

日本史の内幕 - 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで
磯田 道史 (著)
中央公論新社 (2017/10/18)
P177

P31 この本の題名(原題 The path)は、しばしば中国の思想家が<道>と呼んだ概念からきている。道は、わたしたちが努力して従うべき調和のとれた「理想」ではない。そうではなく、道は、自分の選択や行動や人間関係によってたえまなく形づくっていく行路だ。
わたしたちは人生の一瞬一瞬で新たに道を生み出している。
 道には、本書のすべての思想家が賛同しただろう統一されたとらえ方というものは存在しなかった。
思想家たちはそろって当時の社会の慣習に反論したが、人がいかにして人生の行路をひらくかという点では、それぞれが大きく異なるとらえ方をした。それでも、意見が一致する点が一つあった。
行路を切りひらく過程そのものが、自分と自分の生きる世界を変える無限の可能性を秘めているという点だ。

P117
 老子にとって<道>とは、ことばで言いあらわせない、分化していない原始の状態であり、あらゆるものに先立つものだ。それは、
 混沌としてすべてを内包するものであり、天地が生まれる前から存在していた。【20】
 宇宙のあらゆるものがそこから生じ、宇宙のあらゆるものがそこへ帰っていく。
また、道は複数のレベルに存在する、地上のレベルでは、地に似ている。地表に生えている一本の草の葉を考えてみよう。育つにつれて草は別個のものとして分化し、もっと大きくなるにつれて、さらに道から分離していく。十分に成長したオークの大木より、若木のほうが道に近いのはそのためだ。しかし、地に育つあらゆるものは、死ぬとふたたび地、すわわち道に帰る。
 万物は盛んに生長している。わたしには、そのすべてがまたもとに帰っていくのが見てとれる。物はしきりに生成し繁茂するが、それぞれ生まれ出た根もとに帰っていく【21】
※20物(もの)あり混成(こんせい)し、天地に先立ちて生(しょう)ず。
※21万物並び(なら)び作(おこ)り、われもってその復(かえ)るを観(み)る。それ物の芸芸(うんうん)たる、おのおのその根に復帰す。

P144
 道はいつもなにごともなさず、それでいて、なされていないことは一つもない。もし諸侯や王が、このような道のあり方を守っていけるなら、万民は自然と感化されるだろう。【29】
※29 道は常に無為にして、しかもなさざるなし。候王、もし能(よく)これを守らば、万物、まさに自(おのず)ら化(か)せんとす。

ハーバードの人生が変わる東洋哲学──悩めるエリートを熱狂させた超人気講義
マイケル・ピュエット (著), クリスティーン・グロス=ロー (著), 熊谷淳子 (翻訳)
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