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天皇制 [日本(人)]

日本の上代天皇制というのは弥生式農耕が西から東へどんどんひろがってゆくにつれ、それと表裏一体になって教勢が自然にのびて行ったとういう宗教的存在で、べつに戦国時代の英雄たちのように攻伐によって版図を斬りとって行ったものではなかった。
いわば上代の天皇制とは農業の同義語かもしれず、より的確にいえば農業の権威的象徴というべき存在で、たとえば、ヨーロッパでのアレクサンダー大王のような英雄王は必要でなく、英雄が出る条件も皆無だったのである。
~中略~
要するに農業が日本列島にゆきわたるにつれて天皇制がひろがって行っただけで、そういう弥生式の天皇制が大化の改新以後、中国に興った統一帝国(随・唐)に対抗するためににわかに中国体制をとり入れざるをえなくなり、中国風にまるで征服王朝のような「皇帝」の称号を称するようになっただけのことである。

街道をゆく (3)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/11)
P13

街道をゆく (3) (朝日文芸文庫)

街道をゆく (3) (朝日文芸文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 1978/11/01
  • メディア: 文庫


 鳥羽天皇というのは、日本的な意味での悪王である。
 中国史や西洋史にみるというようなすさまじい悪王というのは、日本には存在しなかった。
上代は知らず、歴史の可視的範囲ではそのことははっきりしている。日本の天皇というのは奈良朝・平安朝でさえ中国史や西洋史の皇帝や王の生活にくらべると拍子ぬけするほど質素で、政治的存在としても人間的存在としても、ぜんたいにははかなげである。
はかなげというのは、とびきりの善事(たとえば隋の煬帝の大運河掘鑿のような)をするだけの権力もなく、王者にふさわしい贅沢(ルイ十四の建築道楽のような)をしようにも、それだけの富力もなかった。
いま日本に観光資源として残っている一大造営物や一大土木事業で、天皇もしくは上皇・法皇がそれをやったというのはひとつとしてない。
クレムリンもなく大阪城もなくヴェルサイユ宮殿もなく、万里の長城も紫禁城もないのである。
なにやら人間の住まいというより神社と言ったふうな京都御所が遺っているだけであり、あとはあちこちの寺だけで、明治後でさえ天皇の居住区はあらたに設定されず、徳川家がつくった居城が襲用されているにすぎない。
 そういうなかで、平安末期の鳥羽天皇は、精いっぱいの贅沢とわがままをした。
 院政時代の天皇は、隠居して上皇にならなければ権力者としての自由がない。天皇は規定以外の人間に会えないし、外出の自由もなく、また御所の塀は防壁用というより神道の結界として考えられているから、この浄域の司祭者である一面を持つ天皇は御所を出て他のたとえば別荘のような場所に住むことはふつうゆるされない。
鳥羽天皇もそうであった。かれは「鳥羽院」とよばれる上皇になってから日本的美学の範囲内でのけんらんたる芸術生活の日々を送った。
上皇や法皇になるとそのことは自由である。このため、歴代の天皇たちは上皇になりたがった。

街道をゆく (4)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/11)
P35


街道をゆく (4) (朝日文芸文庫)

街道をゆく (4) (朝日文芸文庫)

  • 作者: 司馬 遼太郎
  • 出版社/メーカー: 朝日新聞社
  • 発売日: 1978/11/01
  • メディア: 文庫



P109
近代日本の歴代天皇は「政治支配者ノ暴虐」のイメージからおよそかけ離れた存在です。
大正年間、日本大使だったフランスの詩人クローデルは、ロシアの皇帝(ツアー)やドイツの皇帝(カイゼル)と違う日本の天皇の特色に気づき「天皇になにか特別の〔国政上の〕行為があると考えるのは不適切で不敬であろう。天皇は干渉しない」と政治学的に判断し、ついで「天皇は、日本では、魂のように現存している。天皇はつねにそこに在り、そして続くものである。天皇がいかにして始まったのかは誰も正確に知らないが、天皇が終わらないだろうことは誰もが知っている」(「朝日の中の黒鳥」)と述べています。
 天皇とは何か。その定義は判断する時と人で異なります。クローデルは大正デモクラシーの時代、日本精神史の中での天皇を考えました。今の新聞の多くは「一九四六年憲法の文面をめぐり論じている。「国政に関する機能を有しない」天皇は「内閣の助言と承認」により国事行為を行なうとします。
 しかし、私は占領下に制定された憲法の定義よりも、日本人の心の中で歴史的に形作られた天皇にまつわる見方を大事にしたく思います。
クローデルがいうように、そんな天皇家は卑近な国政の外にあって、万世一系という永続の象徴性によって、日本人の永生を願う心のひそかな依存りどころとなっています。
皇室外交も大切でしょうが、あくまで第二義的なことで、わが皇室は続くことに第一義的な意味があります。民族の命の象徴だからです。

P111
 被災者は天皇皇后のお見舞いに心慰められます。国のために殉じた人の遺族は陛下のご参拝によってはじめて安らぎを覚えます。それは被災者や遺族に物質的な救援が届いたからではありません。「有難い」と感ずる精神的な慰藉(いしゃ)が尊いのです。
天皇は敗戦後の憲法の定義では国民統合の象徴ですが、歴史に形作られた定義では民族の永続の象徴です。個人の死を超え、世代を超え、永生を願う気持ちこそ天皇と国民を結ぶ紐帯です。
祈りを通じ国民と共にある陛下であればこそ国民は感動するのだと思います。

日本人に生まれて、まあよかった
平川 祐弘 (著)
新潮社 (2014/5/16)

日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)

日本人に生まれて、まあよかった (新潮新書)

  • 作者: 平川 祐弘
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/05/16
  • メディア: 新書




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