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樹木の五衰 [人生]

樹に関しては、いろいろな哲学あり、文学あり、信仰あり、これもまた無限であるが、ここに一つ面白い樹相学を紹介します。
これは幸田露伴翁が昔、名文をもって論じている。趣味津々たる文章であるから写して置かれるとよい。
 それは、樹には五つの相がある。第一に懐の蒸れることだ。枝葉を払わないと、風通しや日ざしが悪くなる。
あれを「懐の蒸れ」という。
その次に、あるところまでゆくと樹の発育が止まる。
これを「梢(うら)どまり」という。それから「根あがり」「裾あがり」というやつ―これは土が落ちて根が出てしまう。それからボツボツとうらどまりが進んで「梢枯れ」が始まる。
この辺の樹をご覧なさい。みな梢枯れだ。煤煙や虫などのため特にひどい。第五に「蟲つき」だ。
樹には、こういう懐の蒸れ、梢どまり、裾あがり、梢枯れ、蟲つきという姿がある。
 これを樹のことだと思ったらおおきな間違いだ。お互い人間にも、懐の蒸れ、梢どまり、裾あがり、梢枯れ、蟲つきがあるというのだ。まさにその通り。~中略~ 原文を読んでみましょう。

安岡正篤
   運命を開く―人間学講話
  プレジデント社 (1986/11)
   P115

宇治上神社 (3) (Small).JPG宇治上神社

「人長じては漸くに老い、樹長じては漸くに衰ふ。樹の衰へ行く相(すがた)を考ふるに、およそ五あり。
天女にも五衰といふ事の有るよしなれば、花の樹の春夏に榮え、葉の樹の秋冬に傲るも、復(また)五衰を免れざることにや。」
~中略~
「樹の五衰は何ぞ。先ず第一には其の懐の蒸るゝことなり。樹の勢(いきおい)氣壯(さかん)にして枝をさすこと繁く、葉を持つことも多ければ、やがて風も日も其の懐深きあたりへは通らぬ勝(がち)となるより、氣塞がり、力閊(つか)へて、自らに葉も落ち枝も枯れ、懐蒸れて疎(まばら)となるに至る。
これは甚だしき衰の相にはあらねど、萬(よろず)の衰に先だてる衰なり。
たとへば人の勢に乗じ時を得て、やうやく美酒嬌娃(きょうあい)に親むがまゝに、胸中の光景(ありさま)の前には異(かわ)りて荒(すさ)み行くが如し、不祥これより起らんとす。」
~中略~

「第二には梢止なり。樹の高は樹だに健やかならば限無かるべきが如くなれども、根の水を送り昇す根壓力も、幹の水を保ち持つ毛細管引力も、極まるところありて、其所に盡くれば、稀有の喬木もその高三百尺に超ゆるはなしと聞く。
まして常の樹は、およその定例(さだまり)までに至れば、天をさして秀で聳えんとするの力極まり盡きて、また其の本幹の高をば増さずして已(や)む。これを稱して梢止といふ。
よろずの樹梢止に至れば、やがて成長の機そこに轉じ發達の勢そこに竭(つ)きて、幾程も無く衰を現ず。たとへば人の學問藝術よりよろづの事に至るまで、或地歩に達すれば力竭き願撓(たゆ)みて、それより上には進まざるが如し。
力士、優伶(ゆうれい)、畫人、詩客などを觀れば、其の技の上に於ける梢止となれるものと、梢(うら)の猶止まらぬものとの異れるさま、明らかに曉(さと)り知る可し。期も人も梢止となりて後は、榮華幾許(いくばく)時もある可からず。萬人に稱(たた)へられ一時に誇る時、既に梢止の文を爲し居るがおほし。
矯樹灌木は皆早く梢止となりて、葉を展(の)べ枝を張りだにすれば宜しとせるに似たり。卑むべし。」
~中略~

「第三は裾廢(すそあがり)なり。松杉樅檜(もみひのき)など、天に冲(ひい)るまで喬くなりたるは宜しけれど、地に近き横枝の何時(いつ)と無しに枯れて、丈高き男の袴を着けずして素臑露(すずねあら)はしたるを見るが如くなりたる、見苦しく危げなり。」
~中略~
「野中の一本杉など、裾廢となれるが暴風雨(あらし)には倒され勝(がち)なり。是たとえば人の漸く貴(とうと)く漸く富みて、世の卑き者に遠ざかるに至れるまゝ、何時と無く世情に疎くなれるが如し。軍人官吏など、位高きは裾廢となれるが少なからず。徳川氏の旗本など、用心給人の下草に蔓(はびこ)られて皆裾廢の松杉となりしなるべし。」
~中略~

「第四に梢枯なり。梢の止りたるは猶可し、梢の枯るゝに至りては、其の樹やうやく全(まつた)からざらむとす。
歌ふ者の聲に潤無く、畫く者の筆に硬(こわみ)多きに至るは、梢の樹ようやく枯れたるなり。
梢枯れ初めては、樹も日に月に衰へて、姿惡(あし)く勢脱けて見え、人も或は暴(あら)びて儼(いか)つくなり、或は(ほ)れて脆(もろ)げになり行く。
一腔の火の空しく燃えて双鬢 の霜の徒(いたずら)に白き人など、まさしく梢枯の相(すがた)をあらはせるにて、寒林に月明らかにして山の膚(はだえ)あらはなる禿頭も、また正しく然り。五十前後よりは人誰か能く梢の枯れざらむ。

 第五には蠧附(むしつき)なり。油蟲は嫩芽(わかめ)に附き、貝殻蟲は葉にも椏(えだ)にも附き、恐ろしき鐵砲蟲は幹を喰ひ通し毛蟲根切蟲それぞれの禍をなす。此等の蟲に附かるれば、樹も天壽を得ず、十分に生い立たで枯る。
蟲は樹に附くのみかは、亜爾箇保兒蟲(アルコホルむし)は酒客の臓腑を蝕(く)ひ、白粉蟲(おしろいむし)は好ものの髓を食ひ、長半蟲は氣を負ふ者の精を枯らし、骨董蟲は壯夫の志を奪ひて喪ふ。
さまざまの蟲、人を害(そこな)ふこと大なり。

 樹木の五衰上(かみ)の記すが如し。一衰先ず起れば二衰三衰引き続きて現はれ、五衰具足して長幹地に横たはるに至る。
嘆く可く恨む可し。ひともまた樹に同じ、衰相無き能はず、ただまさに老松古相の齢(よわい)長うして翠(みどり)新なるに效(なら)ふべきのみ。」

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