よく驚くことのできる人物 [哲学]
かくして帰りました北宮子は、それから元の貧乏生活も極めて幸福に思われ、終身自得して、成功とか失敗とかいうことなどは、てんで忘れてしまいました。東郭先生これを聞いて感心しました。
「北宮子は長い間寝ておったのだ。それがかの一言によってよく醒めた。よく驚く(眠りからさめること)ことのできる人物だ」とこう申しております。
西行の歌でありましたか、「世の中を夢とみるみるはかなくも、なお驚かぬわが心かな」
というのがあります。
驚けない! はっきりと目が醒めないという悶えは、国木田独歩もいたく悩んだように、凡夫の身には誰しも免れがたいものであります。
世の中に何がゆえに哲学や文学や宗教や、尊い精神の世界があるか。
人間が人間たることを失ってしまいやすい時に、はっきりと目を醒ます、よく驚くということが、人間の本質的な要求であるから、この人間の一番尊い要求が、次第にそういう信仰や学問、芸術等、尊い文化を生んだのであります。
我々も東郭先生の言葉ではありませんが、よく醒めることのできる、よく驚ける人物にならねばならんと思うのであります。
安岡正篤
運命を開く―人間学講話
プレジデント社 (1986/11)
P149
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