自由 [言葉]
「自由」については、これまでにも様々な議論が行われてきています。我々が現在使っている「自由」は通常、フリーダムあるいはリバティの翻訳語と理解されています。しかし、この言葉自体は実は非常に古くから存在しており、しかも、現在の意味とはまったく異なる用いられ方をしているのです。
~中略~
また、佐藤進一氏の「〔新版〕古文書学入門」(法政大学出版局、一九九七年)は中世の古文書に現れる用語が広範に解説されており、中世あるいは前近代の社会を理解するための多くの手がかりを与えてくれる優れた本ですが、その中で「自由」は「わがまま勝手の意。慣習、先例、法令など秩序を形づくっているものに逆らい、乱そうとする行為はすべて「自由の・・・・・」として非難された」と解説されています。
このように、「自由」は中国大陸から入ってきた言葉ですが、元来は専恣横暴な振る舞いをするという語義で、専らマイナスの価値を示す言葉だったのです。中世の「二条河原の落書」で用いられた「自由狼藉の世界」などの表現は、そのことを端的に物語っていると言えます。
それが違った意味で用いられはじめるのは、鎌倉時代に禅宗が日本に広まってからのことのようです。禅宗の世界では、思うままになる、制約を受けないなど、多少なりともプラスの評価を含む言葉として「自由」の語がつかわれていました。
実際、十六世紀に入ると、「自由」に対する否定形として「不自由」という言葉が文書の中に現れます。「自由」がマイナスの評価のみの言葉であるならば、「不自由」という言葉が生まれるはずはありませんから、「不自由」の語の登場は「自由」が積極的なプラス価値を持つ語として用いられはじめたことを示していると言ってよいと思います。
そして、江戸時代にはそうした禅宗系の用語としてのプラス価値の「自由」と、わがまま勝手の意のマイナス評価の「自由」の語が並行して使えわれていました(安部謹也・石井進・樺山紘一・網野「中世の風景」(下)中公新書、一九八一年)。
明治になって、福沢諭吉は「西洋事情」の中で、フリーダム、リバティを「自由」と訳していますが、その際にも「原語の意味は、日本語の我儘放盪で、国法もおそれぬという意義の語ではない」とわざわざ断っています。
福沢はフリーダム、リバティの訳語として「自由」は必ずしも適切ではないと考えつつも、民衆の日常語となっていた「自由」を用いたのであろうと、柳父氏は「翻訳語成立事情」の中で指摘しています。
歴史を考えるヒント
網野 善彦(著)
新潮社 (2001/01)
P178
我一寸の自由をなさんとて、他人より一寸の自由を割(さ)き取る如き行為あるべからず。
(「古本大学講義」)
山田方谷のことば―素読用
山田方谷に学ぶ会 (編集)
登龍館 (2007/07)
P50
福沢は「西洋事情」を書くにあたってリバーティという言葉を、
「自由」
と訳した。はじめは「御免」と訳そうとした。「殺生御免の場所」といえば、魚つりなどしてよろしき場所ということだからほぼあたらずとも遠からずだが、それではなんだか権力者から御慈悲でゆるされているようで語感がおもしろくない。
福沢これを仏教語からとって自由とし、自由は万人にそなわった天性であると説明した。さらに政治の自由、開版(出版)の自由、宗旨の自由などを説いた。
権利(ライト)は、福沢は最初「通義」といっていたがどうもちがうと思い、この訳を用いるようになった。「人間の自由はその権利である。人間はうまれながら独立して束縛をうけるような理由はなく、自由自在なるべきものである」というように福沢はその幕末における著術で説明している。
峠 (中巻)
司馬 遼太郎
(著)
新潮社; 改版 (2003/10)
P418
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