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先生に治せますか? [医療]

  「先生に治せますか?」これは、かつて著者を受診してきたIBS(住人注;過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome))患者の言葉である。
この何気ない言葉に、IBSの治療のさまざまな側面が含まれている。この人は、多くの病院を受診したが、症状が続くために、転院を繰り返し、著者を受診したのである。
 読者の皆さんはこの言葉をどう思うであろうか。おそらく、その人の経験や立場により、さまざまな感想を持つのではないだろうか。
報道関係者の中には、医師は富裕層に属し、分不相応に儲けているという先入観を持つ人がいるようである。そんな人は、日本の医療のあり方の悪さのため、患者がたらい回しにされている、と問題提起をするかもしれない。
医療関係者の読者は、初診から失礼な言辞を弄する患者を、身を削って診療しているわれわれがなぜ腰を低くしなければならないのか、と思うであろう。
あるいは、特定の分野の専門家であれば、そこで「私になら治せます」と言えないようでは専門家ではないという意見の人もいるだろう。
 一方、医療機関で不快な思いをしたことがある人は、患者には権利があり、医者はサービス業なのでるから、このくらいのことを言っても当然と思うかもしれない。
世間の常識にうるさい人は、医師に道徳を求めるならば、患者も礼儀正しくふるまうことは当然であり、ここにも現代日本のモラルの低下が現れている、と分析するであろう。
 数多くのIBS患者の診察にあたっていると、こんな経験をすることはさほど珍しくない。
もっと言えば、医療ではどのような側面でも、医師と患者の関係が基本にある。
いくら技術が進歩しても、よい医師―患者関係なくしてはより良い医療はあり得ない。医師も患者も不必要な先入観にとらわれず、良好な医師―患者関係を作りながら医療を進めていくのが重要である。
 よい関係を作るには、医師の側の技術に裏打ちされた人間性が要る。
この患者の場合、「先生に治せますか?」という問いには、回復を阻む無意識の心理が潜んでいる。
「私になら治せます」「私には治せません」のいずれの答えも回復を阻む心理の陥穽(かんせい)に入ることになる。

内臓感覚―脳と腸の不思議な関係
福土 審(著)
日本放送出版協会 (2007/09)
P131



DSC_0573 (Small).JPG斑鳩寺 (兵庫県太子町)




 医者は真実を告げているだけなのだけれど、死におびえる患者にとって医者の言葉は医者自身が思っているよりもはるかに致命的なのだ。

私は、暗い気分のまま家族に付き添われて退院しました。
 小言幸兵衛的な先生の言葉には、生きるための力を与えてくれる要素が何もなかったのです。患者の生き延びようとする努力すら一笑に付していました。
私は努力するべき方向も分からず、荒野に裸で放り出されたような気分になって落ち込んでしまいました。
 でも、私は寝床に入ってコウベエ先生に言われた言葉を反芻しているうちに考えが変わってきました。医者には医者の立場がある。
医者は最悪の事態を告げて、自己防衛する必要だってあるのです。特に現代のように「先生が治るっておっしゃったでしょ!なのに、亡くなってしまうなんて医療ミスではないですか!」なんて患者に責め立てられることが多いと、医者は医者で最悪の事態を告げておく必要も生じるわけだ。
 考えてみれば、医者はよほど変わった精神の持ち主でもなければ、自分の患者が死んでいいと思っているわけがない。できたら、生きてほしいと願っているのだ。


大学教授がガンになってわかったこと
山口 仲美(著)
幻冬舎 (2014/3/28)
P133






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