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モノでなく知識と技術と経験値を売る医師 [医療]

 きちんと検査もせず確信もないままに、薬を処方し長期間かけても治らず、たくさん薬を塗らせても、結局治せない医師がいる。また、アトピーや湿疹に悩んでいる人を相手に、非常に高価な石鹸や化粧水やその他の食品を売る企業もある。どれも私には理解できない。
 なぜなら私は、薬や化粧品といった「モノ」を売るのが仕事ではなく、患者さんの現状を正しく評価し、治療法という「情報」を伝えることを仕事としているからだ。
 はっきり言わせてもらうと、こと病気に関しては、「モノを売りたがる」医師や企業を基本的に信じてはいけないと考えている。それらは、患者さんがいつまでも治らないほうが儲かるからだ。


なぜ皮膚はかゆくなるのか
菊池 新(著)
PHP研究所 (2014/10/16)
P200




伊勢神宮 外宮 (12) (Small).JPG伊勢神宮 外宮


P54
しかし、たとえ労働はすべての商品の交換価値の真の尺度ではあっても、それら商品の価値がふつうはかられるのは、労働によってではない。二種の異なった労働の量のあいだの割合をたしかめるのは困難な場合が多い。
二つの異なった種類の作業に費やされた時間だけでは、この割合をかならずしも決定することはできない。そのために耐えしのんだ辛さや、そのために用いられた創意のさまざまな度合いも、同じく計算にいれなければなるまい。
一時間の辛い作業の方が、二時間のやさしい作業にくらべて、いっそう多くの労働がいるかもしれない。
また、習得するのに十年の労働がかかる職業に一時間はげむほうが、通常のわかりきった業務で1ヶ月働くよりもいっそう多くの労働がいるかもしれない。

P185
薬剤師の利潤は、薬九層倍という言葉もあるように、なにかなにか格別に法外なものを指すものとなっている。
けれども、この大きい外見上の利潤は、労働の妥当な賃金にほかならない場合が多い。
薬剤師の技能は、どんな手工業者のそれよりもずっと精密で微妙なものであり、また薬剤師によせられる信任は、手工業者にくらべてはるかに重い。
かれは、あらゆる場面に貧民の医師であり、苦痛や危険があまり大きくないときには富者の医師である。
したがって、かれの報酬はとうぜんかれの技能と信任にふさわしいものであるべきで、それは一般にかれが売る薬品類の価格から生じる。
ところが、大きい市場町〔地域の商品取引市が毎週曜日をきめて開かれる地方都市〕で、たいへんおくはやる薬剤師が年間に売る薬品類の総額は、かれにとっては、おそらく三、四〇ポンド以上の費用もかかっていないだろう。
したがってかれがこれを三、4百ポンドで、つまり百割の利潤で売るにしても、この利潤は、多くの場合薬品類のうえにかれが課した自分の労働の妥当な賃金にほかならないし、またこのやり方が、自分の労働の賃金を転嫁しうる唯一のやり方なのである。
この外見上の利潤の大部分は、利潤という衣で偽装された事実上の賃金にほかならない。


国富論 (1)
アダム・スミス (著), 大河内 一男 (翻訳)
中央公論新社 (1978/4/10)






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