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日本の意志決定 [日本(人)]

実際、江戸時代の大名家における政治というのは家老や用人がおこなっていた。殿様が政治に直接たずさわるのは、近世のごく初期にかぎられていた。家老たちが、
―御用部屋

 という部屋におり、これが意志決定機関になっていた。明治以前、日本人が「政府」と言った場合、この家老たちが会議している御用部屋のことだけを指す場合が多かった。
 江戸時代には、この家老会議がすべてを決定し、
「下々、評議あい済みてのち、様子委細を主人に告ぐ」(家訓)
 殿様には「こういう決定が下りました」と事後に報告がなされるものであった。
 この部屋の会議は、密室といってよく、家老と用人・諸奉行が、頭を突き合わせて密談をした。
人事の話になると、門閥の家老たちだけになって、冬などは火鉢を置き、声を出さぬよう、火鉢の灰のうえに名前を書いて、また、ぱぱっと消すというようなことをして、密室で人事をきめた。
 ときどき、時代劇に、藩士が一堂に会して、会議している場面が出てくるが、江戸時代の藩にああいうものはない。これから藩が取りつぶされる、というような異常事態でもないかぎり、なかった。
日本人が、大会議場で「衆議」を尽くし、話し合う習慣は、中世の寺院や、惣村にはみられたが、近世武士の世界にはない。そのかわりにあるのが、
―稟議書
 である。笠谷和比古氏などが研究されているが、担当者から起案が上がり、判子が増えていき、取締役会で決定される姿は、江戸時代の藩のなかで生まれた。

殿様の通信簿
磯田 道史 (著)
朝日新聞社 (2006/06)
P208


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