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決められない患者たち [医療]


 毎日、多くのひとびとが薬を新しく始めるかどうか、医療処置を受けるべきか頭を悩ませている。
それは健康でいるための予防的な治療をどうするかという問題のこともあるし、病気の治療に複数の選択肢があってそのうちどれかを選ばなければならないという悩みのこともある。
こうした決断をするのはかつてないほど難しくなっている。だが、情報が足りないわけでは決してない。
医師、インターネット、テレビ、ラジオ、雑誌、自己啓発本、とソースには事欠かない。~中略~
いったい自分にとって誰の言うことが正しいとどうしたら判断できるのだろう?多くの場合、その答えは専門家の側になるのではなく、あなた自身の中にある。

決められない患者たち
Jerome Groopman MD (著), Pamela Hartzband MD (著), 堀内 志奈 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)
P2



 

DSC_2121 (Small).JPG美瑛

P204
 ポールは言う。「臨床医学というのは透明性からはほど遠い領域で、私に言わせれば非常に不確実性の高い分野です。
本当に合理的な決断をするなんんてこの領域に関しては無理です。

決められない患者たち

決められない患者たち

  • 作者: Jerome Groopman MD
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2013/04/05
  • メディア: 単行本



Pⅱ

 かつての医者は、患者には医学的知識がないことを前提に、医者がよいと思う治療法を選択していた。

つまりパターナリズム(温情主義)に基いて医療行為が行われてきた。患者も医学知識がないので、医者に治療法の選択を任せてきた。かつてなら、がん患者に対して、がんであることを告知しないということは普通であった。

 しかし、医学知識が患者にも普及し始めたことなどから、メリットとデメリットの両方が存在する複数の治療法の中から、いずれか一つを選ばなければならないという医療者側の意思決定の内容が患者側にも知られるようになった。

もし、患者側も治療法についての情報提供を受けていたならば、患者は自分の好みを反映したよりよい選択ができた可能性がある。

つまり、患者が合理的であれば、自分で治療法を選択した方が、満足度も高くなるはずだ。例えば、がんの告知を受けていたならば、残りの時間でやりたいことをするために副作用が少ない治療の方法を患者が選択したかもしれない。ただし、情報提供の仕方によっては、患者が本当に患者本人にとって望ましい意思決定ができない場合もあることは注意すべきである。

 現在の医療現場では、インフォームド・コンセントという手法が一般的になっている。

インフォームド・コンセントは、もともとは、医者が患者に医療情報を提供して、患者が治療の内容や後遺症・副作用の可能性について十分に理解したうえで、医者と患者が治療の方針について合意して意思決定をしていくというものである。歯を抜くような場合であっても、手術の前に、後遺症や副作用の可能性について知らされて、その上で、同意して署名をする。医療訴訟を予防するという意味もあるだろう。

しかし、患者の方からすれば、「x%の確率で○○という後遺症が発生する可能性がある」という説明を受けても、なかなか理解することは難しい。

~中略~

行動経済学では、人間の意思決定には、合理的な意思決定から系統的に逸脱する傾向、すなわちバイアスが存在すると想定している。そのため、同じ情報であっても、その表現の仕方次第で私たちの意思決定が違ってくることが知られている。 ~中略~ また、医療者自身にも様々な意思決定におけるバイアスがある。

P13

 正確な医学情報さえ与えられれば、患者は合理的な意思決定ができるという前提で、多くの医師は患者に情報を与えているのではないだろうか。しかし、先に示した事例からもわかるように、多くの患者は、必ずしも医学的に望ましいと思えるような意思決定をしているわけではない。

医療者は、患者の意思決定の特性をよく理解して、情報の提供の仕方を考えるべきである。また、患者は、医師から与えられた情報をもとに、適切な意思決定ができるように、陥りがちな意思決定のバイアスを理解しておく必要がある。

P48

これまでに、数々の研究から、せっかちな人や先延ばし傾向の強い人ほど積極的な医療健康行動を取らないことがわかってきた。

 例えば、せっかちな人ほどタバコを吸ったり、肥満になったりしがちのようだ。(8)。また、様々な種類の検診や予防接種(歯科健診、乳がん検診、子宮頸がん検査、インフルエンザワクチンなど)に参加しにくい、という結果も報告されている。

さらに、近年では、食餌制限や運動療法などの医師からの指示をなかなか守れないということも、せっかちさが影響していると言われている。(10)

 物事を先延ばししがちな人ほど、同じようにタバコを吸ったり(11)、BMI値が高く、肥満傾向にあったりすることがわかっている(12)。また、自前の歯の本数が少なかったり(13)、乳がん検診を受診する可能性が低かったりする(14)。これらの傾向は、特に、自分が先延ばし傾向をもつことを理解していない、”単純”な人たちの間で強く観察されてきた。

P95
先にあげた筆者らの研究では、あわせて「この説明を読んでどう感じたか」という印象についても尋ねていた(23)。

その結果、「残念ですが、がんに対する治療をこれ以上行うことができません」と治療中止をデフォルトとして設定するような説明や、「以上の話をまとめると、残念ですが、私としては、これ以上の治療を行わないないことがあなたにとって最善の選択だと考えます」と医師が直接的な表現で治療中止を推奨する説明を示された場合、「見捨てられたように感じた」「つらいと感じた」という回答の得点が高かった。

医学的によいと考えられる方針を医師が勧めるということは、有効な場合もあるだろう。また社会的負担に言及することは、この調査においても「治療を中止する」という医学的に望ましい選択を増やす傾向にあることが示された。

しかし、これらの説明を行うことそのものが、患者にとって心理的に負担を与える可能性がある、ということには注意が必要であろう。

 また、ナッジが、患者の意思を誘導するものであって、倫理的でないという反論は多い。確かに、科学的根拠に乏しく、倫理的な考察の手順が全く踏まれていない手法や結論をデフォルトに設定して、選択する側が無知であるのをいいことに、選択させる側に有利な条件のもとで、ナッジによる意思決定支援が行われるとしたら、それは、歴史の批判にさらされた、かつてのパターナリズムに逆戻りしてしまうことになる。

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)








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