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意志執行代理人 [医療]

 がんの進行による臨死期にあたって、胸を押す、喉に管を入れて人工呼吸で呼吸させる、心臓を動かす薬を注射するような蘇生行為を家族は希望した方がいいのか?
という場面では家族は2つの連帯の責務を感じていると考えられる。
 1つ目は少しでも長生きしてほしいと願うことが、家族としてあるべき姿であるという責務を感じること(道徳感情)(22)である。
この道徳感情は、医療者の側にもあるはずである。医療者として、たとえ1分1秒でも生存期間を延ばすことが正義であるという考え方は、偏った道徳感情だと感じる。
 2つ目は、死に目に会えないのは不幸であるという道徳感情である。そして、医療者には、この家族の道徳感情に最大限、配慮しなければならない(適合性)という道徳感情がある。
しかし、このようなスピリチュアルな問題に、家族が最も患者のそばにいるべき瞬間は、科学的根拠に基づいた心肺停止の瞬間であるという(功利主義的な)価値観を持ち込むことが本当にいいのだろうか?
 1つ目の道徳感情に対しては、「患者さん自身の苦痛のことを一番に考えた方がいいんじゃないでしょうか?」と問うことで家族として道徳的にあるべき姿を見直してもらうことができる。
 2つ目の道徳感情については、「確約はできませんが、兆候があったときにはお知らせするよう努力します」と約束することと、死亡確認はそろうべき人がそろってから行なうことであろう。
 このように、「蘇生しない」をデフォルトに設定すること(ナッジ)で、終末期の患者の幸福とともに家族の道徳感情にも配慮した意思決定支援ができるだろう。


医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者
大竹 文雄 (著), 平井 啓 (著)
東洋経済新報社 (2018/7/27)
P94




DSC_2145 (Small).JPG美瑛

P236
 医療における自律性の原則とは、治療案に対して、する、しないの選択権が患者にある、ということを意味する。
しかし、病気になって入院しているときは、選択能力が最も落ちているときでもある。
研究によれば、成人入院患者の実に四〇%は鎮静剤を使っている状態、あるいは意識の混濁を認める状態、もしくは昏睡の状態にあり、自分自身の治療についての判断が不可能であるという。
判断能力のない患者は自分の希望を能動的に伝えることもできず、そうなると家族や他の代理人が彼らに代わって決断を下さざるを得ない。そうした代理人の中には、患者に代わって積極的に自立性を行使しようとするひともいるかもしれない。また中には主導権を医師に委ねたいというひともいるだろう。病気の複雑な経過の間には、その状況の変化に応じて意思決定を下す役割が代理人と医師の間を行ったり来たりすることもある。


P268
 代理判断の概念は、一九七六年の有名なカレン・アン・クインラン判決のときに確立された。カレンが持続的な植物状態に陥ったため、ニュージャージー州の最高裁判所はその父を意志執行代理人として指名した。
裁判官の言い渡しは、もし彼女自身が意志決定可能な状態にあればしたであろうことを反映して、彼女になり代わって医療上の意志決定を行うように、というものだった。
 それ以来、生命倫理と法律においては、「代理判断」が、代理意思決定の方向を決める枠組みとなった。
というのも、それが患者の「自立性」の原則を守るものだったからである。
しかし、一方で、たとえ代理人が患者と事前に治療の意向について話し合っていたとしても、また患者の事前意志表明書を書面で持っていたとしても、患者本人の希望に合致しない選択がしばしばなされていることが多くの研究によって示されている。


P269
 患者が自分自身で決断を下せなくなったとき、二つ目の原則が適応されうる。「与益(beneficence)」である。
この原則は、医師や他の医療スタッフは患者自身の「最も合理的な利益」にかなうように行動する義務がある、とする。
しかし、自立性と与益の原則が一致することもあるが、患者自身が事前意志表明書の中で希望していること、あるいは患者が望むであろうと代理人たる家族が想像することと、治療にあたっている医師が医学的に見て最も患者の利益になるだろうと考えることが衝突することもある。そのような場合はどうすべきであろうか。
裁判所、そして大多数の倫理学者は。「自立性」のほうが「与益」より優先される、と結論づけている。


P276
 自律性と与益の他に、倫理学者と法律学者は医療上の意志決定に適用される。もう一つの原則を挙げている。「無危害(nonmaleficence)」である。
わかりやすく言えば、害を及ぼさない、ということだ。ヒポクラテスが言ったとされる格言「何よりも害を為すなかれ」は西洋医学の土台となる教条であり、その歴史は二〇〇〇年以上前に遡る。
この「無危害」の原則が用いられるのは、行ったとしてもほとんどあるいは全く益がない、場合によっては害を及ぼすこともありうると医師が考える治療を、患者あるいは代理人が自らの自立性を主張して希望した場合である。
倫理学者も法律学者も、そのような場合医師は自分が患者に危害を及ぼすことになると判断した治療は行わなくてもよい、としている。


決められない患者たち
Jerome Groopman MD (著), Pamela Hartzband MD (著), 堀内 志奈 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)



決められない患者たち

決められない患者たち

  • 作者: Jerome Groopman MD
  • 出版社/メーカー: 医学書院
  • 発売日: 2013/04/05
  • メディア: 単行本




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