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母親というもの [家族]

 高嶋ちさ子さんの気持、約束を守らなかった息子さん腹を立ててゲーム機を二つに折った気持、私にはよくわかる。普通の母親であれば誰だってカンカンに怒る。
それが母親というものだ。
母親にとって子供は自分の血を分けた、切っても切れぬ分身である。こういう人間になってほしい。こういうことはしてほしくないと常に願っているのは分身ゆえだ。
他人の子供ならば「あんなことしてる。しょうがないねえ」ですむが、母親だから怒りに火がつく。怒るなといっても無理だ。それが母親というものなのだから。
 親の感情を子に押つけるな。
 子供の自主性を尊重せよ。
 親は権力者であってはならない。
 などと、教育の専門家はいう。正論である。
 しかし生身で子育てに熱を籠(こ)めている母親には、正論なんぞ右の耳から左の耳へ抜けて行く。
~中略~
こうしたらこうなる、ああしたからああなったというのは結果論であって、「親の心得」についてなんぞ、ことごとく正論をぶったところでどうなるものでもない。
親はしたいようにすればいい。するしかないのである。高嶋ちさ子さんがゲーム機を二つ折りににしても私は、バカボンのパパのように、
「これでいいのだ・・・・・」
 というだけである。

九十歳。何がめでたい
佐藤 愛子 (著)
小学館 (2016/8/1)
P181







DSC_2658 (Small).JPG荒神谷遺跡


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