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「ぼけ老人」と「痴呆老人」と「認知症老人」 [家族]

 ここで当時ふつうに使われていた「ぼけ老人」と「痴呆老人」という、同義とも受け取れる用語の違いを説明しておきます。
「ぼけ老人」は、言動が周囲の期待に添わなくなったときに使われますが、本人は認知能力が低下していないことがままあります。
 東京都杉並区の開業医の方々に頼んで「ぼけ老人」と「正常老人」を選んでもらい、知力の低下度を調べたことがありますが、その結果、「ぼけ老人」の約二〇%は正常か軽度の知力低下があるだけで、大部分の方は「うつ状態」と思われました。
逆に「正常老人」の一〇%近くで、中程度から重度の知力低下が見られたのです。

 つまり「ぼけ老人」は老人自身の問題というより、周囲との関係による場合が多いようです。意地悪な人間関係の下では「ぼけ老人」は早々に発生するが、温かく寛容な人間関係では、知力が相当低下しても「ぼけ」とは認知されにくくなる。

他方、「痴呆」は、曲がりなりにも脳のCT所見た知力検査の結果、診断された医学用語でした(本文では原則として「認知症」を使用しますが、歴史的文脈で用いる場合や形容詞的に用いられる際は「痴呆」を残しました)。

「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)
P16






DSC_2758 (Small).JPG松江

P36
 杉並の例は、個々の家庭での現象だという異論も出るでしょう。しかし、同じころ沖縄県島尻郡佐敷村で琉球大学精神科(当時)の真喜屋浩先生が行った調査報告は、環境さえよければ、その地域全体の知力が低下した老人が、他人に迷惑な周辺症状を現すことなく、おだやかにふつうに過ごすことができることを強く示唆さいてます。
~中略~
これは当時の東京都の調査結果と比べると信じがたい知見です。
東京では「痴呆老人」の二割が夜間せん妄を現し、半数に周辺症状がありました(註③、④)。
また沖縄ではうつ状態がまったく認められなかったが、アメリカでは痴呆の四分の一から半分にうつがあると報告されています(註⑤)。
 杉並と沖縄に見られた、周辺症状のない穏やかな痴呆状態(学術用語では単純痴呆 dementia simplex と呼ばれますが、わたしは「純粋痴呆」と呼んでいます)をもたらした要因は何でしょうか。真喜屋先生は、このように考察しています。
「佐敷村のような敬老思想が強く保存され、実際に老人があたたかく看護され尊敬されている土地では、老人に精神的葛藤がなく、たとえ器質的な変化が脳におこっても、この人たちにうつ状態や、幻覚妄想状態は惹起されることなく、単純な痴呆だけにとどまると考えられるのである」(註②参照)
 これらの事例から推察されるのは、「痴呆」は被害妄想、夜間せん妄、幻覚、攻撃的人格変化といった周辺症状が現れないかぎり、「純粋痴呆」として平和的共存が可能であり、その現象は地域全体で実現できる可能性がある、ということです。

P43
 Aさんの眠るがごとき大往生と、Bさんを温かくユーモアをもって受け入れた家族。周辺症状を伴わない「純粋痴呆」が生ずる過程をつぶさに見ると、結局は本人が「安心」できる環境が用意されているか否か、の一点に尽きるようです。
介護の苦労は様々ありますが、認知能力の衰えた人が安心できる環境は、愛情と工夫があれば多くの場合整えることが可能です。


タグ:大井 玄
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