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敬意を払って [医療]

 ベッドに横臥(おうが)している人に対して、上から見下ろすような接し方ではコミュニケーションはとれません。顔を相手の頭に近づけ、耳もとに語りかけるような気持ちで、ゆっくり、おだやかな口調で名乗り、具合をたずねます。
難聴の人が多いこともありますが、耳が遠くない人では声をひそめて囁いたほうが通じやすいことがあります。その際、常ににこやかにそしてゆっくりした態度であるべきです。
 研修医には、まったく言葉も風習も知らない異国の人と接する場合、どのように意思疎通を図ったらよいかを考えさせます。しかも、そこの人々はかつて侵略された経験があり、見知らぬ人に対して不安と警戒心を抱いていると仮定させる。
とすれば、言語的コミュニケーションの比重は小さく、穏やかな態度と笑顔でこちらに害意がないことを知ってもらうしかありません。
 老人に質問するときは、「夜はよくお休みになりましたか」「痛いところはございませんか」など、原則として「はい」「いいえ」で答えられるような事項からから始める。
そして患者さんとの初めての接触では、日本語の敬語体系の利点を十分活用します。敬語を用いるのは、日本の言語文化において生きていた、そして現在は認知能力低下によって不安を感じている人に対して、自然な治療的効果があるように思います。

「痴呆老人」は何を見ているか
大井 玄 (著)
新潮社 (2008/01)
P72

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P78
 研修医が痴呆状態にある人の「世界」を推察するには、認知症がどこまで進行しているかを知らなくてはなりません。
知力低下が進むほど、その人の「人格」は若い時分に戻っていき、当然、その世界も複雑な構成から幼児期を思わせる単純なものへ遡っていきます。~中略~
 長期入所が可能な施設では、入所者の経歴に応じて多様な「世界」の存在が窺われると同時に、その「世界」をこころの拠りどころとして、周囲に適応していくことが判ります。
~中略~
このような観察例からは、いずれも、人間が人格的まとまりを保ちながら生きるために、「自信」「誇り」「自尊心」といった、現在の「自我」を支える心理作用あるいは「自我防御規制」が働いているのが窺われます。それは通常は意識されない深層心理に属する働きであると解釈することもできましょう。
したがって研修医には、認知症の人に接する場合は、最大限の敬意を払って近づくのが、もっとも「自然」で、実際的な態度であることを繰り返し話すのです。


タグ:大井 玄
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