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和によって亡ぶ [日本(人)]

人の意見は、一致しないのが普通である。
そこでその是非を互いに論じ合うのは、本来、公事のためのはずである。
ところがある者は自分の足らない所を隠し、その誤りを聞くのを嫌い、自分の意見に対してその是非を論ずる者があれば自分を恨んでいると思う。
これに対してある者は恨まれて私的な不和を生ずることを避け、また「相惜顔面」すなわち互いに相手の面子を潰しては気の毒だと思って、明らかに非であると知っても正さず、そのまま実施に移す者がいる。
一役人の小さな感情を害することをいやがって、たちまち万民の弊害を招く。これこそ、まさに亡国の政治である」と。

帝王学―「貞観政要」の読み方
山本 七平 (著)
日本経済新聞社 (2001/3/1)
P67

P67
前に塩野七生氏と「コンスタンチノープルの陥落」について対談したとき、その国を興隆に導いた要因が裏目に出ると、それがそのまま国を亡ぼす要因となる、と私がいうと、氏は即座に賛成され、間髪入れず、日本の場合はそれが「和」であろうと指摘された。

P69
危機の時は、だれでも、判断を誤れば直接身に危険が及ぶという気になるから、必死になって意見をいう。だが平和なときは、不知不識のうちに「これでオレの命が危なくなるわけでもないし・・・・」が前提になっている。
だが、部下が激論してはじめて問題の焦点が明らかになるわけで、太宗にも何もわからなくなる。隋はそのようにして一歩一歩と破滅へと進んでいった。
そして最終的には、小さな摩擦を避けて、これが安全と思っている者が、ひどい目にあった。
それへの太宗の批判を見ると、私は日本の軍部のことをお思い出す。
「軍部内の和を乱すまい」-不思議なことに、国の存亡にかかわるという状態になっても、このことが優先している。
塩野氏の指摘された「和によって亡ぶ」は必ずしも未来のことでなく、過去にすでに経験ずみなのである。

 司馬さんは、日本国家が誤りに陥っていくときのパターンを何度も繰りかえし示そうとしました。
たとえば、集団のなかにひとつの空気のような流れができると、いかに合理的な個人の理性があっても押し流されていってしまう体質。
あるいは、日本型の組織は、役割分担を任せると強みを発揮する一方で、誰も守備範囲が決まっていない、想定外と言われるような事態に対してはレーダー機能が弱いこと。また情報を内部に貯め込み、組織外で共有する、未来に向けて動いていく姿勢をなかなかとれないといった、日本人の弱みの部分をその作品中に描き出しています。

「司馬遼太郎」で学ぶ日本史
磯田 道史 (著)
NHK出版 (2017/5/8)
P184


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