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研修医とは医師における思春期である [医療]

 統合失調症の患者が幻聴対策として耳に線を詰めることがあると知識のうえでは心得ており、しかし実際にそのような患者に接したときに綿が真っ黒(住人注;患者の苦悩や苛立ちや思うにまかせぬ暮らしぶりを我々に突きつける。真っ白な面ではなく、黒く汚らしい綿こそが臨床におけるリアリティを裏打ちしている)であったことを目の当たりにして衝撃を受ける―すなわち臨床のリアリティに接して気持ちを動揺させている真っ最中の人たちこそが研修医であるとわたしは理解している。
 だから研修医の感性にはみずみずしさと素人っぽさとがあって、そこが魅力でありまた困ったところでもある。
早晩、耳に詰まっていた綿が真っ白であろうと真っ黒であろうと何も感じなくなる。うろたえなくなる。ただしそれが医師として成熟であると思わない。むしろ感情が鈍麻したというべきだろう。ただし鈍感さと図々しさ若干の恥知らずさがなければ、日々の臨床はこなしていけない。
 まあそんな次第で、研修医とは医師における思春期である。思春期をソツなく過ごす奴はろくな人間にならない。
研修医諸氏には、自己嫌悪と正義の怒りと的外れな義侠心とでたっぷりと苦しんでいただきたのである。ただしあまりに煮詰まってしまったり袋小路に迷い込んでしまうのも、いささか悲しいものがある。

「治らない」時代の医療者心得帳―カスガ先生の答えのない悩み相談室
春日 武彦 (著)
医学書院 (2007/07))
P192

 

DSC_3077 (Small).JPG宗像 大島


タグ:春日 武彦
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