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医者だって人間だもの [医療]

 約一時間後、全くの前置きなしに、「Bです」という男性から電話があった。「私の妻が先生から精神病だと言われ、いちじるしくプライドを傷つけられたので一度会いたい」と言う。
ある日時を指定すると、今は年末で多忙であると、まず第一に御自分の都合を主張される。それでは、都合のつく日時がわかったらこちらに連絡してほしいと電話を切った。
 翌朝、私が、おの時間だけはさけてほしい、と昨日電話で知らせておいた、その時間帯に、直接、「Bです」と入って来られた。このために、多数の患者は廊下で長い間待たされる羽目になったのであるが、「妻が精神病と言われ、夫としてのプライドも傷ついた。取り消してほしい。そうしなければ何らかの法的処置を考える」と言う。なんだかんだの末、「私の治療を一ヵ月間つづけ、その後に、もう一度会いましょう」と約束して別れた。

「お忙しいところお邪魔をしまして」とか、「突然に来てすみません」とか、「どうもありがとうございました」、などという言葉は露ほども示さず、後足で砂をかけるような態度で診療室を出てゆかれた。
 その後、Bさんの妻は、数回、いずれも診療時間を過ぎてからバタバタと走って来られたが、「すみません」とか「ありがとう」とか礼のひとつ言うわけでもなく、「痛みは変わらない」と言いつづけながら、いつの間にか自然消滅のように来なくなった。Bさんの夫からも、なんの連絡もないままである。人づてに聞いたところ、Bさんの顔の痛みは完全に消失し、非常にお元気で、PTA、テニス、ゴルフ、パーティと御活躍中とのことであった。

 患者の訴える「痛い」という一言(ひとこと)の奥には、その人の人間性が秘められている。
 痛みに起因するさまざまな言動は、痛む本人の人間性を、あますところなく表現しているように思われる。日本人は痛みに耐えることを美徳としてきたのに対し、欧米人は痛みを素直に表現する国民性であると言われる。
 しかし、痛みが治療によって、確実に軽くなっても、まだわずかに残っている痛みを、どこまでも前面に押し出し、無表情に、ただ「痛い」とだけ強硬に主張する人、逆に、「痛みは軽くなった」と率直に喜ぶ人、この差は、人間性の差であり、人種の差ではない。
 痛みは痛む本人にしかわからない。その痛さは他人には知る由もない。
であるが故にこそ、医師と患者は同じ人間として、心のふれあう共通の基盤がなければならない。
強者である医師によって弱者である患者が痛みの治療を受ける、という関係は否定されなければならないし、同時に、医師に対し、騒ぐだけ騒ぎ、自己主張の限界を追求するが如き患者の態度も否定されなければならないであろう。

痛みとはなにか―人間性とのかかわりを探る
柳田 尚 (著)
講談社 (1988/09)
P36

 

DSC_4517 (Small).JPG薦神社(秋)


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