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鍼に関する誤解 [医学]

P182
 東洋医学による和痛効果は、世界中の西洋医学から熱いまなざしで注目され、特に、鍼の和痛機序について研究がすすめられ、その大部分が解明されている。  しかし、その実態は、政治的あるいはマスコミ的手段によって紹介されていることが多いため、神秘的なもの、信じられない驚きとしてはなばなしく、時にはセンセーショナルに報道されつづけてきた。
~中略~
 鍼に関する重要な誤解についていくつか述べてみよう。
 第一に、鍼麻酔の効果が確実に存在することはすでに「針効果」(一七一ページ)の理論によって裏づけられている。しかし、その効果はきわめて弱いか、不確実であることが多く、普通の手術際の麻酔には使用できない。
~中略~
 第二に、鍼(はり)・灸(きゅう)のツボは大きく分けて二種類あるといわれている。いわゆる経絡(けいらく)に沿ったのが経穴(けいけつ)であり、それ以外のツボが奇穴(きけつ)である。全部で五八八のツボがあるといわれ、鍼の名人によるこのツボは針が吸い込まれるように入ってゆく神秘的な部位であるともいわれている。
しかし、経穴や奇穴というのは、そのほとんどは西洋医学でいう神経分布に一致した部位である。 
 つまり、西洋医学でいう発痛点であり、そのなかでも、運動神経細胞の軸索(じくさく)といわれるものの分布が密な部位である。~中略~
 第三に、経穴図によればこの経穴に鍼をしなければ効果がないとしている特殊な点は、そのほとんどは不必要であることも明らかにされている。例えば、歯痛に対しては第一指(拇指)と第二指(人差し指)の間にある合谷という点を刺激しなければならないことになっているが、第四指(薬指)と第五指(小指)の間でも、さらに手掌のどんな部位を刺激しても、同じ程度の鎮痛効果の得られることが確認されている。
 すなわち、経穴でいう「点」という部位が重要なのではなく、刺激の強さが重要なのである。~中略~
 第四に、西洋医学の解剖学で明らかにされている「関連痛」の存在を、不思議なもの、神秘的なもの、さらに信じられない効果として、マスコミなどによって報道されていることである。
 関連痛というのは、皮膚を針で突くと、突かれた部位と痛む部位は一致するが、内臓痛(痛みの原因が内蔵にある場合)では、障害のある内蔵の位置と関係のないところに痛みを感ずることがあり、このような痛みを関連痛と呼んでいる。 ~中略~
 このような関連痛は、すべて発生学的な神経支配に忠実であるというだけのことである。

P188
 第五に、鍼に関する誤解のひとつに、有名なスポーツ選手と鍼にまつわる話題がマスコミを通して流されていることにあると思われる。
 世界的に有名なマラソン選手の全然走れない状態が、鍼治療によって走れるようになった話は、報道により鍼の偉大な効果として、一般の人たちは信じ切っている。
「全然走れない状態」の原因が、筋肉・神経・骨などの運動器官に存在する器質的な疾患、例えば骨折、アキレス腱の断裂なおであるならば、鍼治療によって「走れる」状態になることは、あり得ない。
全然走れない状態にではなく、鍼治療を行う前から、一般の人たちとは比較にならないほどの、ものすごいスピードで走れてはいたのである。この 人のレベルからすれば、今ひとつ調子に乗り切れない状態、すなわちスランプの状態を、鍼治療、すなわち刺激鎮痛法を行うことにより、ゲート・コントロール説の認識制御機構、下行性抑制性制御機構の強化によって調子を取りもどした、ということである。

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