郷 [言葉]
郷という行政単位は、こんにちのものではない。大化の改新によって国の下は郡、郡の下は郷というふうに制定され、郷をもって行政の最末端組織とされた。
天平のころ、たとえば大和の高松塚のあるあたりは「飛鳥の檜前(ひのくま)(隈)郷(ごう)」といったふうによばれていたから、十分に定着したのであろう。
要するに行政単位としての「郷」は律令時代の遺物で、平安末期、武士という地主階級があらわれると行政的には有名無実になってゆき、封建的な土地制度がしだいに精密になって一つの完成期に達した「太閤検地」のとき、まったく実体をうしなった。
が、われわれはふつう、田園の古い共同体を歴史的気分を強くこめてよぶとき、とくに大和の場合など、わざわざ檜前郷、十津川郷、忍海(おしうみ)郷などとよぶ。薩摩などでは藩政期でも、出水(いずみ)郷、加治木郷などとよんで、郷を生きたことばとして使っていた。しかし、
「郷」
というのは、この世には存在しない行政単位のである。
街道をゆく〈9〉信州佐久平みち
司馬 遼太郎 (著)
朝日新聞社 (1979/02)
P27
タグ:司馬 遼太郎
コメント 0