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日本人の土地所有欲 [日本(人)]

P32
(住人注;奈良・平安朝の律令体制の土地制度で)土地はいっさい「公」のものというのが建前で、この場合、公とは明治以後の西洋輸入の概念の社会ということではなく、「公家(くげ)」という概念に即した公である。具体的には京の公家(天皇とその血族官僚)が「公田」に「公民」を縛りつけ、収穫を国衙経由で京へ送らせることのよって成立していた制度であった。
 この「公民」をきらった者が、逃散して浮浪人になり、関東などに流れて原野をひらき、農場主になった。
ただ律令体制ではそういう場合の土地所有の権利が不安定だったため、かれらは流人の頼朝を押し立て、京の「公家」に対抗し、ついに鎌倉幕府頼朝にひらかせることによって、自分たちの土地所有の権利を安定させた。
 私はそういう意味で、鎌倉幕府の成立というのは明治以前における最大の革命だった思うのだが、ただ、「公家」を潰さずにその権威や制度、あるいは官名といったものを政治的習俗として残したというところに、可笑し味がある。

P47
塵芥を非私有地に投げ散らかす光景はむしろいまの日本的風景の特徴というべきもので、亀田郷にかぎったことではない。例えば大阪府南河内郡というのは上田正昭教授のいう「河内王朝」の故地で、大和の飛鳥に匹敵するような丘陵と田園の美しい土地だった。ところがここ十数年来の土地ブームに翻弄され、農地が宅地や一般地に転用され、しかしいろんな事情で家も工場も建たぬ所がおおく、「何々々用地」という棒杭だけが立って空地になっている。そういう空地に塵芥が投棄されていて、亀田郷の鳥屋野潟どころでなく、この一億倍も荒涼としている。異常な国土といっていい。
 こういうすさまじさは、風景を公的なものとして見る伝統のなさとつながっている。さらには、稲作という、どういう狭い土地でも水と日光があれば生産化しうるという農業が伝統になってきたために土地所有欲が牧畜を基盤とする社会に比べて病的に強く、その私有感覚の苛烈さが、裏返って非私有地とみればそこへ何を投棄してもかまわないという気持になるらしい。
 まことに日本人の土地所有欲は苛烈である。かつての農民は、田のあぜが隣の田のぬしによって一ミリ削られているだけで、相手を殺しかねないほど昂奮したが、農村から出て都市化した地域に住んでも、この精神の濃厚な遺伝をもっている。

街道をゆく〈9〉信州佐久平みち
司馬 遼太郎 (著)
朝日新聞社 (1979/02)

街道をゆく〈9〉信州佐久平みち (1979年)

街道をゆく〈9〉信州佐久平みち (1979年)

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奈良県吉野郡吉野町吉野山1024


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