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諱(いみな) [日本(人)]

われわれの祖先もそうだが、名を知られることに命が減るような恐怖をもち、できるだけ名をかくした。日本の中世から明治まで、通称のほかに諱(いみな)(頼朝、義経、家康、慶喜ちったような名)というのがあった。
その人の実名であるが、他の者はその人の死後に言うことになっている。大石倉之助もその主君や親友でさえこの人を「良雄」とはよばなかったろうし、坂本龍馬も「直柔」という諱を生前使わず、西郷吉之助も「隆盛」という諱を明治前、一度もつかったことはない。一度もと断言できる。
 念のために「広辞苑」(第二版)の「諱」の項をひいてみると「死後にいう生前の実名」とあって、「増鏡」の一文を引いている。「後鳥羽院と申すおはしまき。諱は尊成(たかひら)」とある。
たとえば現天皇を「裕仁」というのは、われわれは敗戦後、アメリカ人がそうよんでいることで知った。
「名」を露わにいうことはその人を裸にしてしまうことだという未開感情が、日本の場合、長い中世、近世の礼に鎧われてはいるものの、まだ生きているということは、言えなくない。

街道をゆく〈9〉信州佐久平みち
司馬 遼太郎 (著)
朝日新聞社 (1979/02)
P85

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奈良県吉野郡吉野町吉野山1024

 


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