SSブログ

オモテナシは人の為ならず [社会]

 私どもは無論単なる旅行者で、モンゴル人民共和国から旅行者以上に意味のある扱いをうけていない。
これらの経費は、日本交通公社を通じてあらかじめ払いこんであるウランバートルホテルの宿泊用のクーポン券の中に込められているのである。その値段は忘れたが、しかし一般のホテルの宿泊費より高くない。
 私どもは、かれらに気の毒なほどの少人数であった。もしも大団体ならその支払金額の中からこれらのひとびとの人件費ぐらいは出るだろうが、この状態は、資本主義的計算でいえばモンゴル人民共和国に大きな赤字を出させているということになる。社会主義的計算でいってもおなじであろう。
~中略~
「私どもがこんなに少人数なのに、こんなにおおぜいの人に出て貰って悪いですね」
「いいですよ」
といったとき、風が、彼女のまるいおでこを吹きあげて、髪を反りかえらせた。
旅客を接待するのは国家の仕事です。モンゴル人の美質は、昔も今もお客好きなことです、と彼女はいった。
「しかし、どうも赤字だな」
「アカジとは?」
彼女は首をひねった。
「帳簿につける黒い数字と赤い数字」
「つまり、損?」
と、彼女は的確に反応した。そのあとすぐさま、
「そんなアカジ、ちっぽけじゃないですか、人類が戦争したりすることを思えば・・・・・」
 話が大きくなった。なるほど国家が戦争をしたりする大赤字を考えれば、外国から来る旅客を赤字でもてなしても、たかが知れている。

街道をゆく (5)
司馬 遼太郎(著)
朝日新聞社 (1978/10)
P200












nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント