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市場競争は悪か? [社会]

 市場競争とは、いわばインセンティブの与えられ方の一つである。厳しい競争にさらされるのはつらいかもしれないが、私たちは競争そのものの楽しさや競争に打ち勝った時の報酬があるから競争に参加する。しかも、市場競争を通じた切磋琢磨は、私たちを豊かにしてくれるという副産物をもたらす。
 一方で、市場競争の結果、格差が生まれてしまうのは事実である。経済学者の多くは、市場競争で豊かさを達成し、その成果を分配し直すことで格差に対処するべきだと考えている。
しかし、市場競争によってより豊かになるよりも、公平や平等を重視するという価値観を優先する人もいる。ただし、競争そのものを制限して本当に公平な世の中が達成できるかどうかは怪しい。競争を制限することの本当のコストを理解した上で、市場競争を否定しているかどうかもわからない。
人によって価値観が違うのは当然だが、正しい知識のもとに、自分の価値観と照らし合わせて、世の中の仕組みを作っていく必要があるだろう。

競争と公平感―市場経済の本当のメリット
大竹 文雄 (著)
中央公論新社 (2010/3/1)
Pⅺ

P5
「市場による自由競争によって効率性を高め、貧困問題はセーフティネットによる所得再分配で解決することが望ましい」。これは、どんな経済学の教科書にも書いてあることだ。実際、ほとんどの経済学者はこの市場とセーフティネットの組み合わせによって私たちが豊かさと格差解消を達成できると考えている。
ところが、この組み合わせは日本人の常識ではないようだ。
 日本では、格差問題は規制緩和によって発生したと考えている人が多い。格差を解消するためには、行きすぎた規制緩和ををもとに戻すべきだというのが標準的な議論になっているのではないだろうか。しかし、こうした考え方は、経済学者からみるととても違和感がある。
 市場競争で格差が発生したら、それに対する対策は基本的には二つである。第一に、政府による社会保障を通じた再分配政策によって格差を解消することであり、第二に、低所得の人たちに技能を身につけさせて高い所得を得られるよう教育・訓練を充実することである。

P6
「貧富の格差が生じるとしても、自由な市場経済で多くの人々はより良くなる」という考え方にあなたは賛成するだろうか。アメリカの調査結果であるピュー研究所は、二〇〇七年のピュー・グローバル意識調査で、世界各国でこの質問を行っている。
 この結果を示しているのが図1-1である。この図からわかるように、主要国のなかで日本の市場経済への信頼は最も低く、四九パーセントの人しかこの考え方に賛成していない。これに対してアメリカでは七〇パーセントの人が賛成している。
~中略~
 つまり大陸ヨーロッパ諸国(住人注;カナダとスウェーデンでは71%、イギリスと韓国では72%)とロシア(住人注;53%)は比較的市場に対する信頼が低い国だ。
しかし、日本はその大陸ヨーロッパ諸国や旧社会主義こくである中国(住人注;75%)やロシアよりも市場のメリットを信頼しない国なのである。

P9
 市場競争も嫌いだが、大きな政府にによる再分配政策も嫌いだという日本の特徴はどうして生じたのだろうか。血縁や地縁による助け合いや職場内での協力という日本社会の慣習が、市場経済も国も頼りにしないという考え方をい作ってきたのだろうか。
狭い社会でお互いよく知った者同士、お互いを監視できるような社会でのみ助け合いをしてきたのが日本人社会の特徴なのかもしれない。私たちはその狭い社会の「外」の人に対する助け合いは行いたくないという感情をもっているのかもしれない。
 それとも高度経済成長期の完全雇用の経験によって作られた価値観が原因だろうか。高度成長期の完全雇用の時代には、仕事がなくて貧しいというのは、まじめに仕事をしていない場合にのみ発生するという状態だったと考えられる。まじめに働いていても貧困に陥るという認識が日本人にはなかったのだろう。

P16
 どうして、日本人はこのように市場に信頼を置かないのであろうか。ハーバード大学のディ・テラ教授とプリンストン大学のマカロック教授の研究によれば、資本主義への支持と強く相関するのは、運やコネでなく勤勉が成功につながるという価値観や汚職がないという認識だという。2
 最近のデータでみるかぎり、日本における勤勉の重要性の認識は、国際的には低いものになっている。~中略~
 アメリカ、ニュージーランド、台湾、中国、スペイン、カナダ、韓国の諸国も、勤勉が大事だと考える人の比率が七割以上である。これに対し、二〇〇五年に調査があった日本は運やコネが大事だと答える人の比率は四一パーセントで、先進国のなかでは高いほうである。
 日本人は勤勉な国民で、それが高い生産性の原動力になってきたとされている。しかし、二〇〇五年時点では、そのような認識がずいぶん薄れてしまい、運やコネを重視するようになっている。
 日本人が運やコネを重視する価値観をもつようになったのは、最近である可能が高い。世界価値観調査で、日本について同じ質問を行った一九九〇年と九五年と二〇〇五年のデータを集計してグラフにしたものが図1-5である。
日本人で運やコネが大事だと答えた人は、九〇年で二五パーセント、九五年で20パーセントと少数派であったものが、二〇〇五年になると四一パーセントに急増していることがわかる。二〇〇〇年代になってから日本人の価値観から、運やコネを重視するように変化してきた可能性がある。
 なぜ、このような変化が生じたのだろうか。この点については、カルフォルニア大学ロサンゼルス校のギウリアーノ教授とIMFのスピリンバーゴ氏の研究が参考になる3。
彼らはアメリカのデータを使って、若い頃の不況経験が、価値観に影響を与えることを実証的に明らかにしている。具体的には、十八歳から二十五歳の頃、つまり、高校や大学を卒業してしばらくの間に、不況を経験するかどうかが、その世代の価値観に大きな影響を与えるというのだ。
この年齢層の頃に不況を経験した人は、「人生の成功は努力よりも運による」と思い、「政府による再分配を支持する」が、「公的な機関に対する信頼をもたない」、という傾向があるそうだ。この価値観は、その後、年をとってもあまり変わらないということも示されている。
 日本でもバブル崩壊以降、長期の不況が続き、若年層の就職が困難な時期が続いた。このような経済環境は、若年層を中心に勤勉に対する価値観を崩壊させた可能性がある。P67
 たしかに、市場が失敗する例は多い。しかし、それでも市場がうまく機能する場合も多い。
スーパーに商品がたくさんあり、売れ残りや、品切れが少ないのは、市場経済がうまく機能しているからである。
筆者の世代より上の読者ならば、社会主義経済の国が存在した頃、商品がない棚が目立つ商店の映像をテレビで見たことを記憶しているのではないだろうか。
最近では、社会主義国がほとんどなくなったため、私たちが市場経済のメリットを感じることが少なくなってきているのかもしれない。

P68
 市場への参入規制が強ければ、市場参加のなかでの競争は少なくなり、全員が高い利潤をあげられる。
しかし、規制が緩和されて、市場競争が激しくなると、市場参加者の間での格差が大きくなる。そうした市場競争を嫌う感情は、誰にでもあるものだろう。
参入規制が強いと、市場参加者と参加できない者との格差が大きいが、その核鎖はあまり実感されない。
ところが、誰でも競争に参加できるようになると、競争に参加している者同士の格差が明確になる一方で、市場参加者は市場競争に勝ち残るために一所懸命に努力する。このような市場の厳しい規律付けは、誰にとってもつらいものだ。
競争が大好きという人も多いかもしれないが、常に競争を強いられるというのはつらい、というのが多くの人の本音だろう。
 だからこそ、市場の失敗が明らかになると、もともと市場を憎んでいた人たちの声が大きくなる、反市場主義の世論が高まってしまう。

P77
 市場競争は、誰にとっても厳しいものである。市場で生き残るためには、市場競争という規律付けに従っていく必要がある。競争が大好きという人もいるかもしれないが、競争させられるのは嫌いだ、という人も多いだろう。
競争から逃れて、安心できる生活をしたいという人も多いはずだ。
それでも市場競争という仕組みを私たちが使っていくのは、市場競争のメリットがデメリットよりも大きいからである。より豊かになれること、誰にでも豊かになれるチャンスがあることが大きなメリットである。
~中略~
私たちは、市場競争のメリットを最大限生かし、デメリットを小さくするよう規制や再配分政策を考えるという、市場競争に対する共通の価値観をもつべきではないだろうか。
 


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