手をあわせる [宗教]
神社仏閣やお墓参りで、あるいは家の仏壇や神棚の前で、私たちは幼い頃から見よう見まねで、折に触れ、手をあわせてきました。また、昇る朝日に合掌するのも、先祖から受け継いできた昔ながらの習慣です。お天道様(太陽)の恵みを身にしみて感じていた先祖たちは、「ありがたい」という気持ちから自然に手をあわせてきたのでしょう。
日本人にあまりにもなじんだ、この手をあわせるという行為には、実は深い意味があります。
右手は仏様や自分以外の人を、左手は自分自身を表します。合掌とは、両者をひとつにあわせることを意味するのです。
神仏に手をあわせる時は、尊い存在と自分がひとつになるように、お墓や仏壇ではご先祖様に寄り添うように・・・・・。そうやって、私たちは感謝と祈りを届けていたのですね。
この美しい習慣を見直してみましょう。
朝は、「今日も一日、元気に過ごせますように」と祈りを込めて、夜寝る時は一日の無事に感謝して、そして食事の前後には「いただきます」「ごちそうさまでした」と、命をくれた食材や作ってくれた人への御礼とともに、力まず、恥ずかしがらず、自然な気持ちで手をあわせてみてください。
ざわざわしていた心がチューニングされ、静かになっていくのを感じるでしょう。
もし仏壇が家にあれば、どうぞその前に座って、ご先祖様にお線香を上げてから合掌してください。もし家に仏壇がない場合は、その場で心を込めて手をあわせる。それだけで十分です。
それでも、心の拠り所となる場所があれば、こんなに心強いことはありません。
怒らない 禅の作法
枡野 俊明 (著)
河出書房新社 (2016/4/6)
P118
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