機会コストと信頼社会 [経営]
古代ローマ帝国が滅びたあと、ヨーロッパ中世の地中海貿易で活躍した商人の中に、二つの対称的なグループがありました。一つは北アフリカを拠点にしていたユダヤ系イスラム教徒のマグレブ人であり、もう一つはイタリア半島のジェノア人たちの二つのグループでした。
イスラム教徒のマグレブ商人は代理人問題を解決するために、安心社会的なアプローチを用いていました。
つまり、身内とよそ者とを徹底的に区別し、身内しか信じないというやり方を採用したわけです。といっても、単純に身内をひいきにしたわけではありません。そこには一度でも裏切ったことのある人間とは二度と付き合わないという鉄の掟もあり、それが厳密に守られていたといいます。
一方のジェノア商人のほうはマグレブ商人のような集団主義とは対照的な形で貿易を行っていました。つまり、身内やよそ者という区別で代理人を選ぶのではなく、その時々で必要な代理人を立てるというやり方にしたわけです。
日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
山岸 俊男 (著)
集英社インターナショナル (2008/2/26)
P214
日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
- 作者: 山岸 俊男
- 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
- 発売日: 2008/02/26
- メディア: 単行本
~中略~
こうして見ていけば、マグレブ流のやり方のほうが安心で確実のように見え、ジェノアのやり方はいかにも効率が悪いように見えます。
ところが、現実の歴史を見ていくと、マグレブ商人は地中海貿易から姿を消し、ジェノア商人たちのほうが発展していき、ついには地中海貿易の覇権をジェノアは手に入れたのでした。
それにしても、いったいなぜマグレブ商人は消えたのでしょうか。
その理由は機会コストの増大にあったとみるのが妥当でしょう。
~中略~
すでに述べたように、このような安心社会下は取引において、相手を信じていいかどうかを悩む必要はありません。裏切りが起これば、ただちに、そして間違いなく制裁が行われるのが安心社会の特性なのですから、まず騙されることはありえません。
したがって、相手が身内であれば、それだけで「信頼しても大丈夫」と考えていいわけなのです。
しかし、信頼社会にはそうしたメカニズムがありません。そのために、人々は他人を信じていいものかと迷ってしまい、信頼関係を結ぶことがむずかしくなってしまします。
この不安を解消するためにジェノアの商人が出した答えは「制度」を作ることでした。
~中略~
ジェノアの成功とは「ジェノアは正直な人間を守る」ということを、裁判所を作ったりして具体的に示したことで、それを見た他の人々がジェノア商人と手を組みたいと考えるようになり、その結果、ジェノアの商圏が拡大したことにあった―私は、マグレブとジェノアの物語をそのように解釈しているのです。
日本の「安心」はなぜ、消えたのか 社会心理学から見た現代日本の問題点
- 作者: 山岸 俊男
- 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
- 発売日: 2008/02/26
- メディア: 単行本
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