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新しい時代を望む弥勒菩薩 [見仏]


 広隆寺の弥勒菩薩は何を考えていられるのであろう。深く世界と自己を見つめているようなうつむいた眼、明晰な知性を示しているかのようなすじの通った鼻、そして慈悲と喜びにあふれた口もとの微笑、仏像全体から何ともいわれぬ清潔感と神秘感がただよってきて、多くの人を詩人か哲学者に化すのである。
~中略~
 いったい、何を思惟し、何を考えていられるのか、われわれは、すでに望月先生から、弥勒の本質について話を聞いた。
それは五十六億七千万年の未来に、この世に出現して、釈迦によって救済されなかった衆生を救済する仏なのである。
この未来の仏、弥勒は、現在では兜率天という浄土にいて、未来の理想の世界について思いをこらしているのであるという。
してみるとあの弥勒菩薩は、五十六億七千万年の未来に来たるべき理想の社会を、兜率天という所で、じっと考えていられる姿なのである。
 未来の仏、弥勒菩薩。仏教では未来を示す仏はこの弥勒だけであろう。
阿弥陀も、われわれが未来にゆくべき極楽浄土を支配する仏であるが、阿弥陀は死者を迎えに来るのみで、この世に王国を作ろうとする野心はない。

続 仏像―心とかたち
望月 信成 (著)
NHK出版 (1965/10)
P28




DSC_5358 (Small).JPG滝ノ観音寺

P35
 このように弥勒信仰は、阿弥陀信仰と比べて、はるかに困難で、絶望的な信仰であるかに見える。しかし、弥勒信仰は依然として、人びとの心に大きな魅力を投げかけるのである。
なぜなら、阿弥陀のように、極楽浄土へ行きっきりではなく、再び、この世の中に帰ってきて、しかもそこでは、理想の国が実現されているというわけである。この世の中に帰ってくるという思想の方が、行きっきりの思想よりはるかに魅力ある思想のように思われるからである。
 たとえば道長、われわれは先に、弥勒浄土、五十六億七千万年後に、弥勒が現れる所であっると考えられた吉野の金峰山に、道長がうずめた経筒の話を聞いた。その経筒に道長は自らの地でもって、法華経八巻を書いて入れたのである。
五十六億七千万年後に再び生き返ろうとする道長の悲願、恐らく日本歴史においてもっとも幸福な人物であるかに見える道長にとって、あらゆることが可能であった。
かれはどんな財宝をも、どんな地位をも、どんな美女をも、たちどころに手に入れることが出来た。しかし思うにまかせぬものは死だけであった。
死の運命は、乞食も大臣も同じように人を襲う。この死の不安からの解放の方法が、道長にあっては、一つは阿弥陀信仰であり、もう一つは、弥勒信仰であった。われわれは道長が、二つの救済の方法に同じように期待をかけたのを知る。
~中略~
 われわれはこのような道長に現れた弥勒信仰の名残りより、もっと明白な、もっと生々しい弥勒信仰の名残りを見るのである。
それは主として、東北、出羽三山を中心として地方に残存するミイラなのである。このミイラは、自発的にミイラを志願した弥勒信者の遺体なのである。
このミイラは鎌倉時代から江戸末期まであるけれど、ミイラの前身は、多くは武士や金持ちというめぐまれた階級の出身ではなく、人足、百姓などの下層階級の出身であり、現世において罪を犯したりした人が多いのである。
現世に罪を犯した彼にとって、出家が唯一の安全な生の場所である。こうして現世に希望を失った彼は、来世に弥勒の世界に希望をつなぐ。
~中略~
弥勒信仰には、このような永世への願望がふくまれる。もしも五十六億七千万年という時間を文字通りに取るならば、われわれは皇円阿闍梨のように蛇となるか、道長のように経筒を弥勒浄土にうめるか、出羽三山のミイラ志願者のようにミイラになって兜率天へ行き、そこで弥勒下生の時をまつかより仕方がないように思われる。

P38
 日本最大の変動期、それは古い氏族制度の日本が崩壊し、新しい統一国家として日本が出発するときであろう。
恐らくこのような時期に日本の礎石をきずいたのは、聖徳太子であったろう。
広隆寺の弥勒菩薩、中宮寺の如意輪観音と称せられてきた弥勒菩薩、野中寺の弥勒菩薩、聖徳太子に関係のあるお寺に弥勒の像が多いのへ決して偶然ではない。
それは変革の政治家、聖徳太子の理想の反映なのである。

P39
 変革期の仏、弥勒は、同時に変革を望む民衆によび求められる仏ともなる。~中略~
この新しい時代の到来を望む傾向は、ずっと日本の民衆の中に生き続け、天理教や大本教、観音経など、日本の新興宗教はいずれもミロクの世直しを主張するのである。


タグ:望月 信成
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