御時世 [言葉]
「パラダイム」という言葉がある。定訳語がないからそのまま使われるのであろうが、多くの人の使い方を読みかつ聞いていると、私の子供のころ老人たちがしばしば口にした「御時世ですなあ」という言葉を思い出す。
「時世」―「広辞苑」でひくと「今の世の中」とある。そして前記の老人の言葉には、今の世の中の社会的枠組が自分たちの壮年期とは違ってしまったという思いがあり、同時にそれをどうもできず、それに対して対応もできない自分への嘆きがこめられていたように思われる。
これの同音異義語に「時勢」がある。前記の辞典によれば「時の勢い、時代の趨勢」とあるが、この言葉は頼 山陽が「日本外史」でしばしば用いている。
時の勢いには何ものも抵抗しえない、天皇ですらどうもできず、それに対抗すれば島流しになるだけである。
いわば「時世」の変化によって生ずる「時勢」に乗ると、それはある人間を頂点まで勝手に押し上げる。だが「時世」はかわる。すると「時勢」という大波の頂点に乗った者は奈落の底に突き落とされる。だがその人にはそれがわからない。彼自身は、若い時から一貫して努力しつづけたことを継続していたにすぎない。
それなのになぜそうなるのか。「御時世ですなあ」という嘆息はそこから出て来る。
「御時世」の研究
山本 七平 (著)
文藝春秋 (1986/05)
P13
出雲大社
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