神道 [宗教]
神道というのは宗教じゃないですからね。日本の古来からのものの考え方、生活習慣といったものでしょう。それを戦後無理やりに宗教法人にしたから、これがまた間違いのもとなんです。
別に宗教でもなんでもないわけで、日本人の本当の自然感、人生観というのか、そういうものをずっと伝えていくのが神道です。
葉室 頼昭 (著)
「神道」のこころ
春秋社 (1997/10/15)
P152
春日大社
日本の神で最も古く、そして人気があるのは「田の神」だ。
わが国で、稲作農耕が始まって以来の「神」といっていい。のちになって、この田の神が昇格して稲荷神になった。
~中略~
そして、その本家の所在地が、京都の伏見稲荷にあることは誰でも知っている。
稲荷神とならんで由緒の古いのは、八幡神である。
八幡神は、古く大分県宇佐の地に降臨したと伝えられ、そこの宇佐八幡宮がつくられた。
~中略~
次に、右にかかげた農耕神(稲荷神)と武神(八幡神)とともに忘れてならないのは、祟り神として位置づけられる神々である。
~中略~
このほかに、伊勢神宮や出雲大社のような国家の祖先神が古い伝統を誇ってきたことも忘れてはならない。
神話や伝説や系譜などにもとづいて祖神をまつる風習が、昔からあった。
山折 哲雄 (著)
神と仏
講談社 (1983/7/18)
P51
P22
およそ神道という言葉が最初に文献に現れるのは、「日本書紀」用明天皇の条(くだり)。「天皇は仏法を信じ、神道を尊ぶ」とされている。六世紀の終わり頃のことであり、その語の用法はあくまでも仏法との対比においてである。大陸から仏教が入ってきたのに対して、それまでの自分たちの信仰に独自の名前をつける必要が生じ、「神道」という語が選ばれたのである。
それに対して仏教は、諸説あるものの、五五二年(欽明天皇十三年)に百済の聖明王が使いをよこしたのが最初とされており、その教えも、儀礼も、信仰体系も、神道に比べればはるかに明確にされている。しかし、だからといって仏教伝来についてもよくわかっているというわけではない。
~中略~
おそらく、もっとはるか以前から仏教は伝来していたはずで、そのことは人びとの間では広く知られていたにちがいない。
日本中の山々には山岳修行者、聖、修験、優婆塞(うばそく)らfがすでに存在しており、彼らはそれぞれ独自のやり方で修業を続けていたのである。
仏教は庶民の間ではかなり以前から徐々に浸透し始めており、しかも、想像するにそれは神道と対立したかたちではなかったのだった。
P26
仏教が入る前後の信仰のかたちはいろいろに記載されているが、それらは互いに絡み合いつつ重層的な様相を呈しており、それらを単に「神道」という名のもとに統一して理解するわけにはいかないのである。
それゆえに、神道は、それが問題となった当初から仏教とのかかわりにおいてのみ論じられたのであって、それ自体は「祖先崇拝」とか「自然崇拝」とか「アニミズム(霊魂崇拝)」などの言葉の連なりによってしか表現できない信仰の複合体だったのである。
世界遺産神々の眠る「熊野」を歩く
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