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医療に「時間の手当て」はない [医療]

 患者さんへの説明に1時間かけ、「抗がん剤治療をやめる」という判断に至ったとしても、そこには保険点数も医療機関の収入もほとんど発生しません。5分話しても1時間話しても、診療報酬は変わりません。「時間の手当て」はないですから。
 医療は患者さんのためにやっているのであって、お金のためにやっているのではありませんので、私(住人注:本稿では筆者の発言か、取材先の医師の発言かあいまいな文が多いのだが、高野利実 医師?)自身は、あまり気になりませんが、経営の厳しい病院では、そういう姿勢は好まれないかもしれません。説明に余計な時間をかけるよりも、患者さんが希望しているのであれば、抗がん剤をどんどん使って儲ければいい、という発想になるかもしれません。
取材・文/北健一(ジャーナリスト)

別冊宝島2000号「がん治療」のウソ
別冊宝島編集部 (編集)
宝島社 (2013/4/22)
P76

DSC_0911 (Small).JPG両子寺

 IBSにこのような心理療法を行う施設は限られている。実は、ここに日本の医療の問題点の一つがある。心理療法を行うには、専門知識を持つスタッフと時間的余裕、経済的裏づけが必要である。
ところが、日本では、医療の時間的余裕も経済的裏づけも急速に悪化しているのだ。
それとは裏腹に患者側は、人間的な配慮や場合によっては専門的な心理療法を求める時代になってきた。
しかし、志がある良心的な医療機関でも、心理療法は結局は採算に合わなにのでやらない、ということになってしまう。
開業した東北大学心療内科OBも、きちんと患者の話を聞いてしっかりした心理療法を行う診療をしても採算は合わないと言う。
さらりと慢性疾患指導を型通りやり、ただ薬を処方するほうが割に合うという現代日本の医療制度に、心ある医療関係者は大きな憤懣を抱いているというのが実情だ。

内臓感覚―脳と腸の不思議な関係
福土 審(著)
日本放送出版協会 (2007/09)
P157

 こうしたグレーゾーンでの選択は単純でもなければ、明快でもないことが多い。そのため医療の領域では、患者と医師の両方によって、個人個人微妙に調整された意思決定がなされることになる。
 個人に合わせてカスタマイズされた医療ではなく、お仕着せの標準化された医療を実現しようとする専門家は、しばしばこの極めて重要な事実を見過ごす。
どんなに科学的に見えようとも、病気にかかるという経験を数字に落とし込むことを目的とした計算式は人為的で、不完全なものである。 しかしそれでも、保険会社や政府関係者は、医師や病院に対してこうした計算式を使った標準化医療を行うよう圧力をかけている。
医の技法は時代遅れであり、工業で行われているように医師と看護師は作業マニュアルに従って医療を提供するのが望ましいと声高に言う者が政策立案者のみならず医師の中にまでいる始末である。
医師や患者には、何が最善かを決めることを任せられない、というのだ。
彼らが目指すのは「患者中心の医療」だと主張するが、それは実のところ「システム中心の医療」に他ならない。
 最近他の病院に勤める医師から聞いた話だが、そのクリニックでは患者が待合室から診察室まで行くのにどのくらいかかるか、医師の診察時間は何分かを、管理職の職員がそこに座って計っているという。これは「効率化」のために行われているのだそうだ。
しかし、患者が自分の志向のルーツを深く掘り下げて考えたり、自分の考え方が真に自分の利益にかなうものなのかを問うためには時間がかかる。医師を交えてのこうした熟考のプロセスは「効率的」ではないし、クリニックや病院を工場の組み立てラインと見なす考えにはそぐわないものだ。

決められない患者たち
Jerome Groopman MD (著), Pamela Hartzband MD (著), 堀内 志奈 (翻訳)
医学書院 (2013/4/5)
P291


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