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百姓 [言葉]

 古代においては、「百姓」と書いて「おおみたから」あるいは「たみ」と訓がつけられていました。逆に言えば、その訓にあてはまる言葉として「百姓」が用いられたのです。~中略~ つまり、「官人」「郡司」は官職・位階を持っている人ですが、それと併記して官職・位階を持っていない普通の人を指す言葉として「百姓」が用いられているのです。
その他、「郡司・百姓・不善輩」という面白い用例もあります。 「不善輩」とは、殺人や強盗を行ったり、博奕・双六に興じている人たちを指す言葉ですが、官職を持たないだけでなく、そういった「遊手浮食の徒」ともいわれたような人たちとは違う、普通の人々が「百姓」だったのです。
 そもそも「百姓」の「百」には「非常に多くの」「あらゆる」という意味があります。また、「姓」は姓氏、われわれの名字とは多少違いますが、血縁集団の名前ということになります。
そして、姓には職能が結びついていることもあるのです。従って、字義通りにとらえれば「百姓」は「あらゆる姓を持つ人々」あるいは「あらゆる職業の人々」が本来の意味であり、一般の普通の人々を指す言葉なのです。そこには先ほども述べたように、「農民」の意味はまったく含まれていません。

歴史を考えるヒント
網野 善彦(著)
新潮社 (2001/01)
P68

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

  • 作者: 網野 善彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/08/27
  • メディア: 文庫

 

DSC_4566 (Small).JPG求菩提山

P79
 近世に入ると、「百姓」の中で年貢賦課の基準となる石高を持たない人々を指す言葉として「水吞(みずのみ)」という語が出てきます。これは地域によって異なり、加賀・能登・越中では「頭振(あたまふり)」、長門・周防では「門男(もうと)」「亡土(もうと)」、越前では「雑家(ぞうけ)」、隠岐では「間脇(まわき)」、伊豆では「無田」などさまざまな名称で呼ばれていますが、これらすべて「水吞」と同じ無高の百姓です。~中略~ ごく最近、一部の教科書では訂正されましたが、多くの教科書は「水吞」は貧しい農民、小作人であり、本百姓が標準的な農民と説明しています。
 しかし、その説明ではどうしても理解できない事実が、文書を読んでいますと、たくさん浮かび上がってくるのです。~中略~
私は十五年ほど前から十年間、奥能登の調査をしたことがありますが、「頭振」と呼ばれる輪島の水呑についての泉雅博氏の調査によりますと、その中には漆器職人、素麺職人、それらを売る商人、船持・船問屋などが数多くいたことがわかりました。
つまり、「頭振(水吞)」が土地を持っていなかったことは事実ですが、それは貧しくて持てなかったのではなく、その過半数は土地を持つ必要のない人々、商人、職人、船持だったのです。我々が「水呑」の常識から連想する日雇のような立場の人々はその中のわずかな人々に過ぎませんでした。

P92
 このように、「百姓」に対する誤解の背後には千三百年に及ぶ歴史が存在しています。ですから、その誤解を解くのは容易なことではないと私は思っています。
しかも、問題なのは、今述べたようにわれわれ歴史の研究者もこれまでその誤った「常識」の中に浸り続けてきてしまったことです。もちろん、私も例外ではありませえんでした。
 その大きな理由の一つは、研究の対象として扱ってきた古文書のほとんどは、「農本主義」的な国家制度に即して作成されたものといえます。従って、田畠の土地台帳、田畠の売買・譲与に関する文書、年貢課役の徴収に関する文書など、田畠に関する文書が著しく多く残っているのは、極めて当然のことだったのです。
かつて、佐藤進一先生は、中世の荘園に関する文書は寺社の荘園支配に関する文書であり、そうした文書からは人々の生活の実態はうかがい難く、荘園そのものも正確には知り得ないという趣旨のことを、一九五八年に書かれた論文「歴史認識の方法についての覚え書」(十二頁参照)で述べられておりますが、まさしくその通りだと思います。
~中略~
 そして、農業以外の海や山の生業、商工業・金融などの関係の文書は、破棄されてしまうことが多かったと思われます。
しかし、土中から木簡として文字資料が発掘されることもあり、また破棄されるはずの文書の裏に日記などが書かれたために残った「紙背文書」、廃棄された文書が襖や屏風の下張りとして使われたために残った、「襖下張り文書」などのように、全く偶然残された文書も多く、その研究が最近、特に注目を集めています。

 

歴史を考えるヒント (新潮文庫)

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  • 作者: 網野 善彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2012/08/27
  • メディア: 文庫

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