SSブログ

丹霞焼仏 [見仏]

  九世紀の初めに唐に丹霞天然(住人注;たんか・てんねん)とよぶ禅僧がいた。ある寒い朝に蒔割りで木造の仏像を割り、それを燃やして身をあたためていた。
それを見た信者は驚いて、「もったいないことをしている」となじった。
天然和尚は、「なんの、あなた方が大切にしている舎利を取るために荼毘に附しているいる所だ」と答えた。
舎利とは八十才で入滅した釈尊の遺体をインドの風習として荼毘(=火葬)に附し、その遺骨を弟子どもが分けて、これを礼拝した。その遺骨のことを舎利というのである。
天然和尚は木仏像を焼いて舎利を取るのだと答えたところ、信者は、「木の仏を焼いても舎利は出ませんよ」という。
和尚はすかさず、「舎利の出ないような木のはしくれを焼いて何がもったいないか」と答えたという話がある。
~中略~
従来の礼拝の対象としての偶像は禅門ではさまで重要性を認めず、そのほかにもっと重要なことがあると説く。
たとえば、「自仏是真仏」というように考える自分または自分の心の完成が先決問題であり、仏像や仏画を拝んだり、経文を読んだりする様な従来の宗派の在り方には飽き足らなかったものにほかならない。
「直指人心、見性成仏」が最初であり、同時に最後の問題なのである。

続 仏像―心とかたち
望月 信成 (著)
NHK出版 (1965/10)
P180




伊勢神宮 内宮 (109).JPG伊勢神宮 内宮


 禅は正統の仏教の教えとしばしば対立した。道教が儒教と対立したのとまさに同じである。
禅の超越的な内観にとって、言葉は思考の邪魔物にすぎない。
禅の宗徒は、事物の外的付属物をもっぱら真理の明晰な認識を妨げるものと見做(みな)し、事物の内的本性と直接に交渉しようとこころざした。
この抽象への愛こそ、禅宗徒をして古典仏教派の丹念な色彩画よりも墨絵の素描を選ばしめたのである。禅宗徒の中には偶像破壊主義者になったもおのさえあったが、それは像と象徴によるよりはむしろ彼らの内なる仏陀を認識しようと努めた結果であった。

茶の本
岡倉 天心 (著),桶谷 秀昭 (翻訳)
講談社 (1994/8/10)
P47



 天平の東大寺は平重衡の兵火にかかって、けなげにも焼けて行った。大仏も観音も弥勒も劫火に身を投じた。これが仏の運命というものではなかろうか。
何を惜しむ必要があろう。惜しむのは人の情であるが、仏は失うべき何ものをも有せざるが故に仏なのだ。夢殿や法隆寺に蔵されている多くの尊い古仏が、爆撃の犠牲になるのは実に痛恨事にちがいないが、だからと云って疎開を考えるのは、信仰にとって感傷的なことではなかろうか。仏の心に反する行為にちがいない。そう思って、僕はただ耐えることを考えていた。無慙(むざん)な壊滅に堪えうるかどうか、それはわからない。しかし一心に念じて、惨禍の日を忍ぼうと覚悟していたのである。
 今となればこうした思いも杞憂(きゆう)にすぎなかったが、しかしこの思いは僕はいまなお捨てない。同じ思いで平和の日も貫きたいのである。幸いにして大和の古寺は残った。

大和古寺風物誌
亀井 勝一郎 (著)
新潮社; 改版 (1953/4/7)
P41




nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 3

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント