自然歩道も公共事業 [社会]
日本でも、一九七〇年に整備がはじまった東海自然歩道を皮切りに、各地に何本もの長距離自然歩道が作られている。
これらは国(環境庁)の事業であり、実際の整備は各都道府県が担当している。
ところが、そのほとんどは作りっぱなしである。地元民からの協力も愛着もなく、認識すらされていないところもある。
たとえば、一九九九年、ぼくが歩いた九州自然歩道の大分県内(青の洞門から竹田の岡城跡)など、メンテナンスはまったくされていないも同然のところがあった。
莫大な税金を使って整備された事業なのに、藪がはびこり、自然消滅しようとしているところすらある。
また新たな道路整備、地域開発によって分断され、そのままになっているところもある。全行程約一六〇キロのうち半分以上は、道標が朽ちるかなくなっている。まともな地図もない上、消滅してしまっているのでは、どれほど熟練のハイカーでも歩けるはずがない。
その現状をどのように考えているのか、県の担当者に聞いてみたら、県内の自然歩道がそのような状況におかれている事実さえ知らなかった。
その一方で、中部北陸自然歩道と近畿自然歩道の整備が、今もまだ進められている。環境庁もか、といいたい。これでは、農水省や建設省などの公共事業となんら変わらない。
民間の発案を、ボランティア組織が整備し、メンテナンスもし、それを国家がバックアップするアメリカと、日本のこの現状とのちがいは、いったいどこに起因するのだろうか。
自然の歩き方50―ソローの森から雨の屋久島へ
加藤 則芳
(著)
平凡社 (2001/01)
P226
企救自然歩道
タグ:加藤 則芳
コメント 0